「活字の力」は「人間の力」
本との出会いについて、僕が、よくあちこちで話すのは、7歳のときに自分の家のそばの区立の図書館を見つけて、そこの棚に置いてあった一冊のことです。アメリカのパルプSFです。パルプSFというのは、濡れてしまうと、ぐずぐずに、パルプになって溶けちゃうような粗悪な紙でできたペーパーバックなんです。それを日本語に訳したものです。
『地底世界ペルシダー』。
エドガー・ライス・バローズという人の本ですが、それを読んで、「病気」にかかってしまいました。そのひと夏、朝と夕方、毎日毎日図書館に二回ずつ通って、そこにあった棚をすべて読んだというのが始まりですね。
それで、その夏の終わりには、小説家って素晴らしい、こんなふうにおもしろいことを書いて人を楽しませることができたらどんなにいいだろうと思い、作家を目指すようになったわけです。それから30年経ってしまいました。不思議ですね。そのときには、印税のシステムなんて、まったくわからなかったんですけど……なんで、小説で食えると思ったんでしょうね(笑)。
ときどき、小説を書くうえで、読者にどう伝えるか、気を付けていることは何かと訊かれるのですが、正直言って、書いている最中は、読者のことはまったく頭にないんですね。読者のことというよりは、作家としての在り方になりますが、「単独」でありたいなと思っています。一人だけでありたいなと。今、作家はたくさんいますし、本もたくさん書かれていますから、「一つだけのもの」にならないといけない。魅力的に「単独」であることが、書くうえでのテーマです。
僕は、小説家になる前、広告の仕事をしていたのですが、プレゼンテーションだったり、自分のアイデアを人に話したりするのはすごく得意でした。そのもとにあったのは、やっぱり「本の力」であり「活字の力」だったと思います。それって結局、「人間の力」ですよね。素晴らしい人が、たくさん自分の経験を伝えようと思って、ギュッとコンデンスして一冊の本にする。それを何千冊も読むと、「人間の力」がつくんですよね。そうすると、天変地異だったり、バブルの崩壊だったり、女の子にもてなかったりしても、生きていけるんですよ。だから僕は、「本」という存在に、根っこの部分から人生を変えてもらったなと思いますね。