


「ほろほろ鳥さんひまそうですねえ、だったら
『この本が好き!』の原稿書いてくださいよ。」
いや、べつにひまってわけじゃないんですけど……。
えー、青い鳥文庫読者のみなさま、おひさしぶりです。
と、いっても多くの人はご存じないと思いますが、
2年半ほど前まで青い鳥文庫の編集部にいた、ほろほろ鳥です。
いまはおなじフロアにある絵本の部署にいるのですが、
ちょっとサボって『黒魔女さんが通る!!』でも読もうかななんて
青い鳥文庫の編集部に近づいたら、
前野メリーさんの圧力のある笑顔につかまって、
ひさびさにおじゃますることになったわけです。
さて、思い出の1冊としてご紹介するのは、
北杜夫(きた もりお)の『どくとるマンボウ青春記』。
文字通り青春の回想記なわけですが、舞台となっているのが
敗戦間もない昭和20年ごろですから、いまはもちろん、
ぼくが読んだ当時とも、なにもかもがちがっています。
それでも読みはじめると、ぐいぐい引きこまれて、
旧制高校やその寮生活、おおらかな先生たちや、
やり場を探して暴走する若いエネルギー、友人との関係が、
まるで自分のことのようにせまってきます。
そして爆笑につぐ、爆笑……。
小学校の低学年まではからだが弱かったわたしは、けっこう本を読む子でした。
ところが3年生になって急に身体が強くなると、本とはおさらば。
なぜなら「スポーツ万能のかっこいい男の子」が
人生の目標になっちゃったから。
ふたたび本を読みはじめるようになったのは、
小学校6年生の冬から中学1年生にかけて。
『おせっかいな神々』(星新一)、『吾輩は猫である』(夏目漱石)、
そしてこの『どくとるマンボウ青春記』をはじめとする
北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズのおかげといってまちがいありません。
なかでもユーモアエッセイに分類される「どくとるマンボウ」シリーズは、
ひまなとき、ひまでないとき、テストの前やら、いやなことがあったときと、
時と場所を選ばず、何度も何度も読みました。
いつ読んでも笑えるし、なにより「役に立たない知識」「ムダな熱情」が満載で、
「役立たず」や「余計者」をまるごとみとめてくれる感じが、とても良かったから。

『どくとるマンボウ青春記』
北杜夫/作
中公文庫 ※現在絶版
『どくとるマンボウ青春記』
北杜夫/作
新潮文庫
それまで目指してきた「スポーツ万能のかっこいい男の子」というポジションが
ムリだとわかりはじめた時期、「役に立たないことって、なんておもしろいんだろう。」
「べつに役立たずでもいいんだ。」というのは目からウロコ。
人生の方向が180度変わった瞬間といえます。
まあ、ある意味、ここで人生まちがった……ともいえるのですが、
とにかく、この本がなかったら、わたしは編集者にはなっていなかった。
それは、ぜったいまちがいのないことなのです。