
なんだ山田くんも海野さんの意見に賛成か。
二人とも、社会科はいくら勉強したって、なんの役にも立たない、と思っているわけだ。さて、それは本当なんだろうか。
先生は思うんだけど、どうも社会科というのは、何を習っているんだかわかりにくい教科なんだよね。社会科といえば、地理と、歴史と、公民ってことになるんだけど、その三つのことをバラバラに習っていても、全体で何をやっているのかどうもはっきりしないんだ。勉強したってなんの役にも立たない、という海野さんの感想は、そういう正体のわからなさから出てくるんじゃないかと、先生は思うんだけどな。
だから考えてみよう。社会科って何を勉強する教科なんだろう。その答えはね、教科の名前の中にちゃんとあるんだよ。だってほら、社会科っていう名前じゃない。だから、
社会科で勉強するのは社会のことなんだよ。社会ってどうなっているんだろう、ということを勉強するのが社会科なんだ。
でも、そう言われてもまだピンとこないよね。社会ってなんだろう、というのがよくわかっていないんだから。さてそこで、社会とはどういうものなのかを調べてみよう。それはむずかしいことじゃない。言葉の意味がわからない時は、国語辞典を引いてみればいいんだ。みんなの中に国語辞典を持っている人はいないかな。
ああ、海野さんが国語辞典を持っているのか。じゃあ、「社会」って言葉を引いてみてよ。見つけた? それでは、「社会」にどういう説明がしてあるか、立って読んでみて。
アリやハチは、社会によく似た集団で生きているんだ。それは本当だよ。だけど、アリやハチは生まれつき役割が決まっていて、ただ本能のままに役割をはたしてるだけなんだ。相談して共同生活をするのとは、ちょっとちがうんだね。だから、本当の社会とはちがうんだよ。
別の言い方をするとね、
すべての動物の中で、社会を作って生きているのは人間だけなんだ。そのことの大きな意味がわかるかな。もし社会がなかったら、人間は一人一人バラバラに生きていくことになるよね。自分が食べる食料は自分でとるか作るかしなきゃいけない。自分の住む家も自分で作る。服だって自分で作る。子供から大人に育っていくのだって、自分一人でやらなきゃいけない。そういうふうだと、毎日生きていくのに必死で、ギリギリ生きているだけでいっぱいいっぱいだよね。ちょっと弱い者は死んでしまうかもしれない。
ところがね、人間は、集団で協力することを知った動物なんだ。おれは食料をとるのが得意だ。お前は家を建てるのがうまい。だからお前は村の人間の家を建てろ。そうしたら食料を分けてやる。そういうふうに、
相談して仕事を分担するわけだよ。このやり方だとね、
一人ですべてをやって生きていくのにくらべて、たくさんのことができるんだ。それって、みんなもよく知ってることだろう。一人じゃ何もできないけど、みんなで力を合わせれば大きなことができる、っていうやつだよ。
そういうふうに、
みんなで力を合わせることが、社会を作って生きるということなんだ。そして、人間だけは社会を作って生きるおかげで、バラバラに生きるよりは大きな仕事をすることができたんだよ。たとえば、集団で農業をしたりするのもそれだ。お寺や神社のような大きな建物を作る大工事をするためにも、集団が力を合わせる必要がある。商業のためにも、多くの人が力を合わせなければならない。それから、社会には兵隊が必要な時もあって、兵隊の大将からいちばん下っぱの者までが力を合わせなきゃいけない。

集団の運営をどうやればいいんだろう、という問題があって、それを考えるのが政治家だ。そういう専門家も出てくる。また、学問のことばかり考えるという学者も出てくる。
そんなふうに役割分担した人間が効率よく働くから、バラバラに生きているより大きな仕事ができるってわけだ。その結果、人間は文明を持てたんだよ。
石器を発明したり、土器を作ったり、青銅器や鉄器を作るようになったりして、人間は文明を進歩させることができたんだよね。そのことは古代人についていえるだけではなくて、
今も人間は社会生活をするおかげで進歩し続けているんだ。
わかってきたかな。人間だけが社会を作るってことのおかげで、人間は大いに栄えた動物になっているんだよ。そしてその、社会のことを知ろうっていうのが、社会科なんだ。
ぼくたちの生活とはなんにも関係ない、面倒なことを覚えるだけの教科だなんて、とんでもないまちがいなんだ。社会のことを考えるのは、人間の生き方を考えるっていうことでもあるんだよ。
(一時間目 はじめの半分 終わり)