
社会を作って生きている人間が、どういう生活をしているか、を考えるのが社会科なんだけど、この言い方じゃぼんやりしていてよくわからないだろうな。だから、具体的な話をしよう。先生が実際に体験した体験談だ。
先生はね、たまに海外旅行に行くのが趣味なんだけど、この話は
イランという国へ行った時のことだ。イランというのは
アジアの西のほうにあるイスラム教を信じる人たちの国だよ。古くから文化のある国なんだけど、国のほとんどが高原で、草や木があまり生えていない
乾燥した土地なんだ。
そのイランの首都のテヘランという都市で、先生が参加していたツアーの団体は、イラン人の普通の人の家庭を訪問した。
普通の人の生活ぶりを見せてもらうために、ある一軒の家に頼んであったんだ。
ツアー会社からその家の人にはお礼のお金が払ってあるんだけどね。でも、お礼のお金だけでは足りないんじゃないかな、と心配しちゃうくらいに、料理をどっさりと出してくれた。お菓子もいっぱい出してくれたよ。
それで、まずこれを言っておかなきゃいけないけど、テヘランは国の中央部の高原にある都市で、
近くに海はないんだ。あんまり水の豊かなところじゃない。
そして、中央アジアや西アジアの国のほとんどが同じなんだけど、
よく食べる肉は羊(ひつじ)肉なんだ。パンや野菜も食べるけど、肉といえば羊が普通で、串(くし)にさして焼いて食べることが多い。
ところがね、そのイラン人の家では、日本人のお客を喜ばそうと考えて、魚をフライのような料理にして出してくれたんだ。
日本人が魚をよく食べるということは知っていたんだろうね。それで、イランへ来て何日も羊肉ばっかり食べさせられて、あきちゃってるだろうと考えて魚にしてくれたってわけだ。そういう、気配りのある親切だったんだよ。
テヘランの近くに海はないんだから、多分川の魚だろうと思う。ちょっと見たことのない魚だった。
さてそこで、とてもおもしろいことがおこった。日本人ツアー客の中の一人の女性が、イラン人のお母さんにこうきいたんだ。
イランではペルシア語が使われているんだけど、通訳にペルシア語でそうきかれたイラン人のお母さんは、こまったように首を横に振ってこう答えた。
というやりとりになるんだね。

どういうことだかわかるかな。日本のように国を海で囲まれていて、漁場にも恵まれていて、いっぱい魚を食べる国では、
魚のうちの何なのか、というのが重要な問題だってことだね。タイなら高級魚でうまいな、とか、イワシは安くて庶民的だな、とか判断できるんだ。
ところが、海が近くになかったりして、あまり魚を食べないところ、食べても一年に一度か二度、というようなところでは、
魚の種類の区別までしやしない、ってわけだよ。ただ、これは魚、とだけ思っているんだ。
わかるだろう。社会生活には、
知ってみればなるほどって思える筋の通った理屈があるんだよ。言いかえると、社会生活にはちゃんと科学的な原理が働いているんだよ。日本人はなぜ魚の名前をきくのか、ということから、なぜ泥棒をすると警察につかまるのか、ということまで、我々の生活にはちゃんと理屈の通った理由があるんだ。その理屈を知ろう、というのが社会科なんだよ。
先生が紹介したイランの魚料理の話からは、
人々の生活のしかたは、土地ごとにちがっているんだなあ、ということがわかるよね。そして生活がちがえば、ものの感じ方や、考え方もちがってくるんだよ。そういうことには、ちゃんと理由があってそうなってるんだ、とわかることが、社会科がわかるってことなんだ。
たとえば、ものすごく
暑い地方で生活する人々と、ものすごく
寒い地方で生活する人々とでは、いろんな点で生活がちがうっていうのは想像できるだろう。わかりやすいことでは、着る
服がまるでちがっているよね。寒いところの人は、毛皮なんかのついた暖かい服を着るだろう。下着なんかでも、ぶ厚くて暖かいのを着るよね。
それに対して暑い地方の人は、毛皮の服なんか着ないよね。なるべく薄っぺらで、風通しのいい半そでのシャツ一枚とかで生活しているわけだ。

それから、寒いところと暑いところでは、
家だって作り方がちがうんだよ。寒いところの家は窓が二重ガラスになっていたりして、家の中の熱を外に逃がさないようになっている。そのほうが暖房の効率がいいからね。それに対して、暑いところの家はすき間が多くて風通しがいいように作ってある。床下を高くしたり、川の近くに家を作ったりするだろう。
そういうことって、考えてみれば当然のことだよね。つまり、
生活するところの自然環境や、地形や気候によって生活ぶりがちがってくるってわけだよ。そしてまさしく、そういうことを学んで、わかってくるのが社会科なんだ。
ここでは、暑い地方と寒い地方のちがいを考えたけど、環境のちがいはそれだけじゃないよね。
海に近いところなのか、
山の中なのかでも生活は大きくちがっていると想像できるだろう。海の近くの人はよく魚を食べるだろうけど、山の中の人はそうはいかない、とかね。
雨がよくふって、
川には水が多く、
森の緑も豊かな地方なら、農業がやりやすいよね。ところが、雨がほとんどふらず、草や木もろくに生えない
砂漠の地方では農業はできない。そういうところが本当にあって、そんなところにも人間は住んでいるんだからね。
少しわかってきただろう。社会科で地理をやるのは、そういうことを考えるためなんだよ。
地形や気候がわかると、そこでの生活がわかってくるからね。
だけど、生活に影響してくるのは地形や気候だけじゃない。
時代によって変ってくることもよくあるわけさ。さっき、海の近くに住む人は魚をよく食べ、山の中に住む人は魚をあまり食べないっていったけど、それは昔のことで、今の日本にはあてはまらないよね。今は、保冷車といって、荷台が冷蔵庫になってる車で魚を運ぶから、山の中のスーパーだって新鮮な魚を売ってるわけだ。江戸時代にはそこの人は干物にした魚しか食べられなかったけど、現代では刺身だって食べられる。
時代によって生活は変ってくるんだね。だから歴史を勉強するんだよ。時代がどういうふうに変化してきて、我々の生活はどう変ってきたかを知るためにね。
そしてまた、
政治のやり方も知っとかなきゃいけない。たとえばひとにぎりの王様や貴族だけが権力を持っていて、国の富を独占していい生活をして、一般庶民は貧乏で苦しんでいる、なんて国があるとしようか。そういう国で、ついに国民の不満が爆発して革命がおこって、王や貴族がたおされる、なんてことも歴史上にはよくあったんだよ。その結果、政治がどう変って、人々の生活がどうなったのかを知ることは、まったくもって生活のあり方を考えてるわけだよね。

この時間に考えたことをまとめてみることにしよう。人間は社会を作って生きていて、そのおかげでほかの動物よりは栄えている。だからその社会のことを知っておこう、というのが社会科なんだって言ったよね。
それは別の言い方をすると、
我々の生活はどういう理由があってこうなっているのか、を知ることでもある。雨がよくふるから農業がしやすかったのだ、とかね。ところがこの百年ぐらいは工業化が進んで、ほかの産業でお金を儲けて、食料は外国から買えばいいということになってきて、めっきり農業国ではなくなってきちゃった、なんて場合もある。日本はその道をたどっているんだ。
そんなふうに、
なるほど、だから我々の生活はこうなっているのか、というのを知っていくのが社会科なんだ。それがわかってみれば、社会科は私たちの生き方に少しも関係してこない、ただめんどうなことを暗記するだけの教科だなんて、大まちがいだってことがわかるだろう。
社会科は決してめんどうな教科じゃないんだ。生活がどうしてこうなっているのか、たとえば日本人はなぜ家の中では靴をぬぐのかなんてのは、
すごく身近で、おもしろい疑問じゃないか。
そういう身近なことから、世界中のことまで、そして今のことから、昔のことまで知っていこうっていう、
おもしろ生活探検、みたいなことが、実は社会科で学ぶことなんだ。
だから山田くんも、ナクヨウグイスのことなんか忘れちゃってもいいよ。海野さんも、社会科と生活がつながっているってことが、きっとわかってくると先生は思う。
社会科ってなんだ、というのを考えたところで、一時間目の授業は終りとしよう。