ジョナサン・スウィフト 1667〜1745
イギリスの風刺作家・詩人。アイルランド生まれ。イングランドで政治家テンプルの秘書となったのち、アイルランドにもどる。セント・パトリック大聖堂(だいせいどう)の首席司祭(しゅせきしさい)をしながら、「アイルランドの愛国者(あいこくしゃ)」として執筆活動(しっぴつかつどう)をおこなう。代表作は『ガリバー旅行記』。





最新刊『牛若丸は名探偵!』も大人気! このタイムスリップ探偵団シリーズにでてくる登場人物たちが、この連載のナビゲーター。時のさすらい人、野々村麻美さんを先生に拓哉・香里・亮平が、外国から見たふしぎでおかしな日本の姿を紹介するよ!


みんな、『ガリバー旅行記』って知ってる?

聞いたことある。

巨人が地面にしばられているところは、絵本で見たことあるなあ。

え〜、ふたりとも読んだことないのお? ジョナサン・スウィフトが書いた、 イギリスの風刺(ふうし)文学の傑作(けっさく)よ。

ふうしん文学?

風疹(ふうしん)にかかったときに書いた文学ってことか?

風刺文学! ええっと……。

物語で笑わせながら、えらい人や世の中の風潮(ふうちょう)を皮肉(ひにく)る文学のことね。

そう、それ! それに『ガリバー旅行記』って、ガリバーが小人国(しょうじんこく)でつかまる話だけじゃないよ。反対に大人国(たいじんこく)にいった話もあったよ。ほかにも、あったと思うけど……。


『ガリバー旅行記』は4部構成になっててね、第1部は、絵本になってることも多いから、たぶんみんなも知ってる「小人国(リリパット)」。第2部は、「小人国」とは反対の「大人国(ブロブディンナグ)」。第3部は島国が文字どおり空を飛んでてヘンな研究ばかりしている「飛ぶ島(ラピュータ)」。第4部は、人間が馬の家畜(かちく)になってる「馬の国(フロイヌム)」。

えっ! 飛ぶ島、ラピュータ!? それってさ、宮崎駿(みやざきはやお)監督の映画『天空の城ラピュタ』みたいじゃん。飛行石(ひこうせき)で飛ぶ島の……!

そうだよな。

「みたいじゃん」じゃなくて、宮崎駿監督は『ガリバー旅行記』をモチーフに『天空の城ラピュタ』をつくったのよ。それだけじゃないわよ〜。インターネットに「Yahoo!(ヤフー)」っていう検索(けんさく)サイトがあるでしょ? あれは「馬の国」に登場する、馬の家畜になってる人間「ヤフー」からとってるの。
へぇ〜。

香里ちゃんは、第3部のうしろのほう、おぼえてない?

おぼえてません。

第3部と第4部は、子どもむけの本だと省略(しょうりゃく)されることも多いけど、じつは物語のなかでガリバーって日本に来るのよ。
ホントに!?

それって、いつなんですか?

江戸時代……日本がごくわずかの国をのぞいて、外国とつきあいを断(た)っていた「鎖国(さこく)」の時代ね。

外国とつきあいを断つって、なんか「ひきこもり」みたいだよね。

なんで日本は「鎖国」をしたわけ?

いろいろあるけど……キリスト教が広がって、外国の影響が強まることを江戸幕府(えどばくふ)は恐れたのね。キリスト教は禁教(きんきょう)になって、日本人が信仰(しんこう)してることがバレると死罪になったりしたの。

ふーん。

先月、ザビエルのときに宣教師はスパイだったといってたね。

明や清(みん・しん。どちらもの中国の王朝)、朝鮮、それにヨーロッパでは、オランダとだけつきあってたんですよね。ガリバーって江戸時代のいつごろに来たことになっているんですか?

ガリバーが上陸したのは1709年5月中旬以降だから……江戸幕府の5代将軍から6代将軍に交替したばかりのころね。

5代将軍が徳川綱吉(とくがわつなよし)で、6代将軍が徳川家宣(とくがわいえのぶ)。えっへん。

それで?

ガリバーが上陸したのは「日本の南東にある、ザモスキという小さな港町」で、「この町は、せまい海峡(かいきょう)の西岸にあったが、その海峡は北にのびて細長い入り江となり、入り江の北西にこの王国の首都(しゅと)、エド(江戸)がある」って書いてあるの。

ザモスキ?

聞いたことないよ。

ここに書いてあることを読むと、たぶん三浦半島のどこかってことになるわね。

どこなんだろう?

横須賀(よこすか)の観音崎(かんのんざき)ってところじゃないかって説があるの。地元ではガリバーイベントもやってるみたいよ。

ガリバーは日本になにしに来たの?

ラグナグ国王から日本の皇帝(将軍のことになるわね)にあてた手紙を届けに来たの。

それだけ?

でも、江戸時代の日本は鎖国してたんだから、長崎の出島(でじま)以外から入国した外国人は身が危険だったんじゃないかなあ。

さすがは亮平くんね。もっともガリバーは、日本と親しいらしいラグナグ国王の正式の使いというので歓迎されて、将軍に「なんでも望みをかなえてやる」っていわれるの。

ガリバーはなにを希望するの?

ふたつお願いするの。紹介するわね。――「ぼくはオランダの商人です。遠い国で難破(なんぱ)し、なんとかラグナグにたどりつきました。そこから船で、オランダ人が貿易のためにきているという、この日本にやってきました。できれば、そういうなかまといっしょに、ヨーロッパに帰りたいと思っています。どうか、ぼくをぶじに、ナンガサク(長崎)まで送りとどけていただきたいのです」「もうひとつ、お願いがあります。あの〔十字架(じゅうじか)ふみ〕の儀式(ぎしき)を、かんべんしていただきたいのです。ぼくは、貿易のために日本にきたのではなく、たまたま、災難(さいなん)にあってここにたどりついたのですから」

ガリバーってオランダ人なの?

ううん、イギリス人っていう設定よ。

じゃあ、ウソついたわけ?

オランダ人じゃないってわかったら、ただじゃすまないからね。

「十字架ふみ」って、ふみ絵のことでしょう? 十字架にかけられたイエス・キリストの絵をふむことができないとキリスト教の信者と思われて罰(ばっ)せられちゃう、っていう……。それで隠(かく)れキリシタンを見つけるんだよね。

で、ふたつのお願いは、どうなったの?

ラグナグ国との関係を考えて、将軍は見逃してくれて、望みどおり長崎まで送ってもらえるの。

よかった。

「オランダ人でふみ絵をしたがらないのは、おまえがはじめてだ」って疑われるんだけどね。
ここでスウィフトは「オランダ人は商売のためなら、ふみ絵までして信仰も犠牲(ぎせい)にする不信心(ふしんじん)な連中だ」って皮肉をいっているわけ。
スウィフトは、キリスト教徒でカトリックという宗派。
オランダ人は、同じキリスト教徒でもプロテスタントという宗派の人が多かったの。
当時、カトリックとプロテスタントは仲がわるかったのよ。


麻美さん、とっても素朴(そぼく)な疑問なんですけど、どうして『ガリバー旅行記』に日本が登場するんですか? ほかの国はぜんぶ架空(かくう)の国なのに、日本だけは実在しますよね?

香里ちゃん、いいところに目をつけたわね。夏目漱石(なつめそうせき)も、びっくりね。
夏目くん!
(3人は、夏目漱石と会ったことがあるんだ。くわしくは『坊っちゃんは名探偵!』を読んでね!)

どういうこと?

夏目漱石は『文学評論(ぶんがくひょうろん)』のなかで、「遠くわが日本にまで来ているのだから偉(えら)い」「終(しま)にはとうとう日本へ乗り込むから面白い」「スウィフトが日本を『ガリヴァー旅行記』の中へ書き入れたところが、日本人たるわれわれから見れば頗(すこぶ)る興味を惹(ひ)くのである」って書いているけど、「なぜスウィフトはガリバーに日本までこさせたか」ってことにはツッコんでないの。
ちなみに漱石は、ガリバーが上陸したのは鹿児島じゃないかって書いてるけどね。
香里ちゃん、すげえ。

じつはね、スウィフトが『ガリバー旅行記』のなかで「馬の国」を書いたのは、5代将軍の徳川綱吉が出した「生類憐(しょうるいあわれ)みの令」を知ってたからじゃないか、って説があるのよ。
たしかな証拠(しょうこ)はないけどね。
「生類憐みの令」が出されていたのは、ちょうどスウィフトが20歳ぐらいから30歳代までのことだからね。

「生類憐みの令」って、動物を大事にしなきゃいけない、っていう法律でしょ?

犬を殺して罰せられたりしたんだぜ。蚊に刺されても殺しちゃいけないんだ。

マジかよ。

人間より馬のほうがえらい「馬の国」イコール日本だってことね? 皮肉ね、皮肉。

長崎の出島にあるオランダ商館の医師をしていたケンペルが日本について書いた『日本誌(にほんし)』には、「生類憐みの令」について書いてあるの。
オランダ商館長が将軍綱吉にあいさつに行く旅行に2度ついていってるんだけど、その2回目に江戸でなかまのひとりが犬にかまれてしまってケンペルの治療(ちりょう)を受けるんだ。
そのときのことを「犬を殺したりすることは、特に犯罪とみなされるというのは偏見(へんけん)も甚(はなは)だしい」って書いてある。
その帰りに九州の久留米(くるめ)で「犬を殺した犯人の名を知らせた者には、褒美(ほうび)として20朱(しゅ。お金の単位)を与える旨(むね)が記 (しる)されていた」とも書いてあるから、「生類憐みの令」のことは知っていたのね。

じゃあ、スウィフトは、その『日本誌』を読んで「生類憐みの令」を知ったのかな?

ん〜、ケンペルの『日本誌』が刊行されたのが1727年で、スウィフトの『ガリバー旅行記』が刊行されたのが1726年だから、それはありえないわね。
でもウワサで「生類憐みの令」のことを知った可能性はあるわね。それに……。
それに?

スウィフトは、鎖国なんてことをしている日本は「ふしぎな国」だから、架空の国と同じように思っていたのかもね。
自分がいきたくてもいけないから、かわりにガリバーにいかせたのかもしれない。
な〜る!
本文中の引用は『ガリバー旅行記』スウィフト/加藤光也訳/金斗鉉絵(講談社青い鳥文庫)、『江戸参府旅行日記』ケンペル/斎藤信訳(平凡社東洋文庫)、『漱石文芸論集』夏目漱石(岩波書店岩波文庫)より。
この連載は、読者のみなさんといっしょにつくっていきたいと思っています。
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それでは!
aoitori-hp@kodansha.co.jp
青い鳥文庫編集部




第1回 ゴッホ —— 原色の国!? 日本にあこがれた画家


第2回 マルコ・ポーロ —— 世界史を変えたジパング


第3回 ザビエル —— 世界で一番、キリスト教がよくあうニッポン!?


第4回 スウィフト —— 『ガリバー旅行記』に日本が登場するわけ


第5回 ペリー —— 日本の鎖国を終わらせた、日本通の軍人