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BOOK倶楽部TOP書籍田中貴
教え子たちよ、ウソついてごめん 
田中貴
2002年2月号


 ボクは授業中、子どもたちにたくさんのウソをついた。

 経歴詐称事件。子どもたちは、先生の過去を知りたがる。
「どうして、塾の先生になったの?」
 とっさに、でまかせがいっぱい出てきた。
「ボクは実はアナウンサーやったんや(ここから突然、関西弁になる)。大阪でアナウンサーになったんやけど、アナウンサーは大変なんや、特に入社してすぐのアナウンサーは。まず最初、天気予報から始まる。それも、朝一番の天気予報やから、会社に行くんは朝の三時。それだけなら、まだいいんやけど、台風になると、現場に行って中継せないかんのや。みんなも見たことあるかもしれんけど、ほら、カサが飛ばされそうになったり、暴風雨の中で、カッパきて、マイクもって中継してるアナウンサーがおるやろ、あれをやるんや。『風速二十メートルの風が大阪港にふきつけています』そんなんばっかりや。甲子園のときも、スタンドに入って、応援団の中に入って、インタビュー。これが暑い。それがつらくて、塾の先生になった」
 みんな、納得する。しかし、子どもたちはおしゃべりだ。家に帰ってから、必ずお母さんに話す。あのあと、何回、「先生はアナウンサーでいらしたんですってね?」と聞かれたことか。「ははは」と笑ってごまかしたが、今でもボクがアナウンサーを挫折して塾の先生になったと信じている子どもたちはたくさんいる。

 理科的なウソをついたこともある。
 大震災が起きたあと、このビルは大丈夫?と聞かれて、またウソをついた。
「このビルは実は三センチ浮いているんだ、だから大丈夫だ」
「え、どういうこと?」
 子どもたちが真剣に聞くので、あとに引けなくなった。ホワイトボードに図を書き始める。
「このビルの基礎の部分は実は池になっている。その池は、ここから百メートルの地下にあるんだ。そしてビル全体がその池に三センチ浮いている構造になっているから、直接振動が伝わらない(そんなばかなことがあるわけがない)」
 このウソは、さすがに、途中から信用しない子どもたちがたくさん出た。でも中にはそれを信じてまた、うちに帰って話した子どもがいる。
「先生、ああいう話をなさるんですか?」
 とあとで面接の時に、冷や汗をかいた。

 塾にとって授業はすべてだ。その時間、子どもたちの目をこちらにひきつけていなければならない。しかも授業時間は一コマ最低二時間ある。普段の学校の授業に比べれば、二倍の長さになる。その間、子どもたちをあきさせてはいけない。だからさまざまな工夫が始まる。

 子どもたちは遊ぶのが好きだ。だから授業中でも何か遊ぶ要素を加える。よくやったのが、ゲームだ。クラスの子どもたちを五つくらいのグループに分ける。出題する問題に得点をつけて、チームの合計点数を競う。
 なかでも、子どもたちが大好きだったのが、ヨイドンだ。しかけはとても簡単。問題を板書するのだが、そのとき、条件を一つぬいて書いておく。全員が問題を写し終えたところを見計らって、ヨイドンの掛け声とともに、その条件を加える。子どもたちは、猛然と解き始める。一分、二分、このときはどんなに騒がしいクラスでも静かになる。「できた!」やおら、声とともに、子どもたちがボクに向かって走り出す。遠くにいる子どもは大変だ。机の間をかきわけ、かきわけ走ってくる。答えがあっていれば、そこでできた順番を書いて大きな丸をあげる。間違っていれば「ブー」の一声、急いで自分の席に戻って解きなおさなければならない。全体の半分くらいができたところで、締め切り。解説をはじめるが、そのあとの得点が子どもたちの楽しみだ。できた順番が早いほど、高い得点をチームに加えることができる。「一番は?」このとき、手をあげられることが、彼らの楽しみになる。ときどき、ボクは教室の中に隠れる。問題を解いているときは、子どもたちはみんな集中しているから、ボクがどこにいるか、あまり関心がない。その間にロッカーの陰に隠れたりする。
「できた、あれ、どこに行ったの?」
 問題ができただけでは得点にはならない。ボクに丸をもらわなければ、だめだから、必死になってさがす。
「ええい、どこに行ったんだ、まったく!」
 子どもたちが慌てる様子を、横からのぞきながら楽しむ。
 暗記することもゲームにする。これは早あげと呼ばれる。子どもたちに人気のゲームだ。先生は出題者。クイズ番組と一緒。先生の出した問題に早く手を上げて正解した班が得点をとれる。ここでエースになりたいから、みんな知識を覚える。

 子どもたちは、学校に行くよりも塾に行く方が楽しいという。それは当たり前だ。塾は別に子どもたちを公平に扱わない。能力別にクラスを分けるし、全員に同じ宿題をだすわけでもない。ひとりひとりに目が届いていて、ようやく塾として子どもに対して責任が果たせるからだ。土台、同じ舞台で比較できるものではない。塾はいつでもやめられる。やめられては困るから、いろいろな工夫がでてくるのだ。

 今回、そんな塾のノウハウを『中学受験合格して失敗する子、不合格でも成功する子』という本にまとめることができた。子どもたちと楽しみながら、合格という目的の下、私が何に気を配り、何に重きをおいて指導をしてきたのかをまとめたものだ。塾は、きわめてストレートに子どもたちと接している。塾というと、鉢巻締めてというイメージをお持ちの方がまだまだ多いと思うが、もはや、そんなことはない。塾の先生は、別に資格があるわけでもないから、本当に、子どもたちと本音でつきあってきたと思う。それが、今、中学受験を迎えている家庭、あるいは、これから中学受験を考えておられるお父さんやお母さんのお役に立てば幸いだ。

 ウソについては、彼らが、大学生になって、一緒に飲みに出かけたときに一部訂正した。
「なんだ、ウソだったの?」
「え、まだ信じてたの?そんなわけないじゃん、俺、最初から疑ってたから」
 そのことだけで、十分に酒が楽しかった。
 まだ、信じてくれている諸君、ゴメンナサイ。
(たなか・たかし 実業家)