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BOOK倶楽部TOP書籍重信メイ
「秘密」の写真 
重信メイ
2002年6月号


 レバノンへの一時帰国を決意したのは今年の二月。私の新しい故郷である日本に初めてやって来た日から、あと二ヵ月でまる一年になろうとしている時だった。
 荷造りをしながら、私は一年前までの人生では絶対人に見せてはならないとされていたものを、バッグのなかに入れることにした。子どもの私が母といっしょに写っている数枚の写真だ。
 私が重信房子の娘だということは、去年、日本に来るまで、だれにも言ってはならないトップシークレットだった。私はレバノンでは、自分の国籍や、家族や、パーソナリティに関わるすべてのことを、偽って生きていたのだ。母といっしょの写真を他人に見せるなど、絶対にしてはならないことだった。だから、私の持っている母といっしょの写真は、ふつうの人にくらべるととても少ない。
「なぜあなたは両親といっしょの写真を持ってないの」
 と大学のクラスメイトに聞かれても、私がレバノンにいた一年前までは、適当にごまかすしかなかったのだ。バッグに入れた写真は、かつてそんな質問をしてきた友人たちに見せるつもりでいた。
 母と並んで写真にうつっている少女の私――そんな私の「秘密」をレバノンで初めて共有してくれたのは、大学時代の親友二人だ。大学のカフェテリアで待ち合わせをして、ひとしきり近況報告をしあったところで、私はバッグから数枚の写真をとりだした。母と子が笑顔で写っているありふれた写真だったが、親友たちにとってはようやく明かされた謎の断片だ。二人は熱心に写真に見入り、たくさんの質問をしてきた。
 いつ、どこで、なぜ、どうやって――そんな質問に答えながら、私は子どもの頃の記憶をたどる。
 写真には不思議な力がある。写真を見つめていると少女時代にタイムスリップしてしまう。当時の感情までもがよみがえってくる。私は、自分の身の回りで起きていた複雑なことに気をとられることなく生きていた無邪気な頃のことを思い出していた。
 ところで、彼女たちも用意していた写真を見せてくれた。それは、ある政治評論雑誌に掲載された母の写真だ。母は、一九八五年に釈放された岡本公三氏と並んでVサインをしながら写っていた。彼女たちは私がまだ母の写真を持っていないのではないかと思い、この雑誌を取っておいてくれていたというのだ。
 彼女たちが、私が母や家族の写真を一枚も持っていない、と嘆いていた日々を覚えていてくれていたのがうれしかった。
 今回のレバノンへの旅は、一年前に日本でそうしたように、私の真実のパーソナリティを明らかにするためのものだった。と同時にそれは、共存ということの意味を再確認するための旅でもあった。
 レバノンの戦争は十二年前に終結した。どの戦争にも言えることだが、とても醜い争いだった。しかし十八の異なる宗派は、その悲しい経験を経て、永遠におたがいが殺し合うことにはまったく意味がないという結論に達し、考え方の違いを越えて共存すること、仲間として暮らしていくことが大切なのだと判断したのだ。
 中東での私の人生は、喜び、悲しみなどのさまざまな感情に彩られていたが、その中で私は、希望の価値を知ることができた。希望さえ持ち続けていれば、五十四年もの間、侵略、殺人、差別などの被害を受け続けてきたパレスチナの人々をも、悲惨な人生から救うことが可能になる、と信じるようになった。戦争とともにあった私の人生、長すぎるパレスチナでの惨劇という体験を通じて、人間はおたがいの違いを認識し受け入れることが、平和のためには何より大切だということを学んだ。
 四月二十八日、イスラエル政府はジェニン難民キャンプでの虐殺行為を調べる国連調査団の受け入れを拒否したが、私はこのことに強い憤りを覚えた。イスラエルにも、共存の精神を理解してほしいと強く思う。
 これからの私にとって、「共存」は、きっと大きなテーマになっていくだろう。
 四月二十九日、東京で行われた「パレスチナピースウォーク」には、二千人以上の市民が参加した。私も歩きながら、心が熱くなるのを感じていた。平和を訴える気持ちが、中東の戦火の地まで届くように、と祈らずにはいられなかった。
 レバノンで、日本で、そして世界で、これまでとはまったく新しい人生を送っていくための羽を、私はいま、授かりつつあるような気がしてならない。
(しげのぶ・めいジャーナリスト)