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BOOK倶楽部TOP書籍平田オリザ
イメージを伝える技術平田オリザ2004年7月号

[粂 和彦] [平田オリザ] [小泉武夫]

 連休明けの一週間、一年ぶりにパリに赴いた。私の『S高原から』という戯曲が、昨年ストラスブールの国立劇場でフランス人の演出家と俳優によって上演され、それが今年は、パリでも上演ということになった。他の私の作品のリーディングもあるし、また、いくつか人に会わなければならない要件があったので、久しぶりに渡仏することにしたのだった。
 なぜだか分からないのだが、私の戯曲は、英訳よりも仏訳の方が多く、現在五点が翻訳され、三冊が出版されている。フランス語での上演も毎年のように行われ、再来年には、地方の国立劇場のために新作を書き下ろすことになっている。
 これらのことは、まったくフランスに限ったことで、他には、以前から付き合いのある韓国以外では、このような現象は起こっていない。繰り返すが、その原因は、私には分からない。
 フランスでは、たしかにいま、近世以降何度目かの、小さな日本ブームのようなものが起きている。タタミゼと呼ばれる熱狂的な日本びいきも少なくない。ちなみにこのタタミゼたちは、マンションの一室で、わざわざ畳を何畳か敷き、その上で平安貴族のように暮らしている。だが、演劇の世界では、私の戯曲だけが続けて翻訳をされ上演も続いている。日本ブームの恩恵もあるだろうが、どうもそれだけではないようだ。
 ソルボンヌに、私の作品『東京ノート』を題材にして修士論文を書いているという、不埒なフランス人の若者がいて、ある晩、芝居がはねてから、二時間ほど集中的にインタビューを受けた(ちなみに、このインタビューは、彼の日本人の奥さんを通訳として行われた)。
 彼は、この日のために、十四の質問を用意しており、ノートには細かい字のフランス語がびっしりと書き連ねてあった。思いつくままに、適当に書いた私の戯曲について、異国の若者が難しげな顔をして分析しているのを見るのは、望外の喜びではあるが、反面、申し訳ないような気にさえもなる。
 その中で、一つ面白い質問があった。
「平田さんと、他の日本の劇作家・演出家とは、どこが違うと思いますか?」
 それを研究するのが君の役目だろうと思ったが、そうもいかないので、次のように答えた。
「おそらく何も違いはない。日本には、他にもすぐれた劇作家が、たくさんいる。ただ、私は、他の劇作家と違って、自分の作品について、臆面もなくよく喋る。自分の演出についても、自分の考えをはっきりと述べる。それも外国人にも分かる説明の仕方で、話す術を知っている」
「それは、そんなに違うことですか?」
「そう、これから先、君が日本の演劇を研究するなら、覚えておいた方がいいけど、日本ではね、芸術家は、あんまり喋っちゃダメなんだ。お喋りな芸術家は、お喋りというだけで、一段低く見られるんだ」
「それでは、平田さんは、日本では低く見られているということですか?」
「低く見られてはいないかもしれないけど、演劇論の本を出すたびに、演劇人の反感を買っているようだね」
「嫌われているのですか?」
「いや、それは分からない。あんまり演劇人の集まるような場所には行かないから。そういうところでは悪口も言われていると思うけど。ただね、このことは他人と比較はできないんだ。なぜなら、日本では演劇論の本は売れないから、そんな本を出し続けているのは、若い演出家では、僕ぐらいのものなんだ」
「でも平田さんの『演劇入門』は売れたんでしょう」
「売れたね。僕は最初、演劇って名前が付くと売れないだろうからって反対したんだけど、担当の編集者が『演劇入門』って開き直った名前にしたら、ビックリするくらい売れた。日本の演劇史上、『演劇』って名前の付いた本の中で、おそらく一番売れたと思う。今年は、韓国語にも翻訳されて出版されるらしいし」
「じゃあ、嫌われてないじゃないですか?」
「いや、日本に演劇人は、そんなにいないからね。売れたというのは、演劇以外の人が興味を持って買ったということでしょう」
「なるほど」
「そんなことより、君も早く、もっと日本語を勉強して、私の『演劇入門』をフランス語に訳しなさい」
「えっと、では次の質問です」
 とまぁ、こんな感じの問答が続いた。
 本が売れる売れないはさておき、フランスで演出家として仕事をしようとするならば、とにかく喋らなくてはならない。喋り倒さなければならない。自分のやりたいことを説明し、俳優たちを説得し、矢のように飛んで来る質問にすべて明確に、しかも多少のユーモアを込めて答え、舞台に関わるすべてのセクションと、ねばり強く交渉を続けなければならない。その言葉のタフさを持ったものだけが生き残れる。
 さて、私は、この短い旅行の間、校正原稿の束を持ち歩き、街角のカフェや、劇場のロビーや控え室で、せっせと赤鉛筆を走らせていた。先の『演劇入門』に続いて、このたび出版することになった『演技と演出』(講談社現代新書)の原稿である。
『演劇入門』が、言葉を中心に、演劇におけるリアルさのメカニズムを説き明かしたのに対して、新刊では、演技や演出の立場から、人間が、どうしてフィクションであるはずの演劇、舞台に対して、リアルな感覚を抱くのか(あるいは抱けないのか)という考察を試みている。
 これはまた、ここ十年ほど、国内外で、継続して行ってきた演劇ワークショップの中で話し続けてきたことの集大成にもなっている。フランスや韓国など、海外でのワークショップや共同作業の経験も大きい。異文化間での作品創りは、とりもなおさず、イメージを言語化していくということになるからだ。
 本書の最大の要点は、観客がある作品をリアルと感じるかどうかは、俳優の演技が現実に近いかどうかだけでは決定されないという点にある。リアルな演技とは、観客の脳の中で形成されるイメージのことであり、そのイメージをどう形成していくかが、演出家の主な仕事となる。その演出家の方向性に沿った演技こそが、リアルな演技と呼べるものなのだ。
 このことは、演劇だけではなく、およそあらゆる表現、コミュニケーションにとって、重要な問題を示唆していると思う。同じ話の内容でも、なぜ説得力のある人とない人が出てくるのか。話のうまい下手、コミュニケーション能力の優劣は、どこに由来するのか。いい文章とは何か?スピーチや作文の技術だけを習得しても、話し上手、書き上手にはなれないように、単なる技術を越えた想像力の問題がここでは重要になってくる。
 このような点に関しては、『演劇入門』と同様に、演劇という事柄にとどまらず、演劇にあまり関心のない方でも興味を持っていただける内容としたつもりだ。
 フランス人と日本人の、若いカップルによる私へのインタビューは、深夜一時過ぎまでおよび、私はくたくたになってホテルに戻った。戻ってから、それでも自分に課した校正原稿のノルマを果たすべく、机に向かった。
 学生が行った質問の答えの大部分は、この原稿の中に書いてある。なんだよ、早く日本語が普通に読めるようになってくれよと、一人、ホテルでぼやいた。
(ひらた・おりざ 劇団「青年団」主宰)