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BOOK倶楽部TOP書籍中島英樹
現代新書創刊40周年記念大特集
特別インタビュー新装幀の核心を語る「モダンであり続けるために」
中島英樹2004年11月号


いま新書をどう装幀するか
――このたび、講談社現代新書は創刊四十周年にあたり装幀を一新することになりました。中島さんにはその新装幀に取り組んでいただきました。今回の新装幀の根本的な考え方はどのようなものですか。
中島 これまでの装幀が杉浦康平さんでしょう。この世界では神様のような人ですから、まず、プレッシャーですよ。ただ尊敬はしますけれども、ぼく自身の仕事の脈絡が日本の流れにないので、知りすぎてない分、助かりました。
 実は、お話をいただくまで、「新書」という言葉を、自分の頭の中で言語化したことすらなかったので、まず、そこから取り組みました。新書とはいったい何だろう、と。個人的な解釈ですが、新書は知識のアドベンチャーですね。幅広い分野のアドベンチャーがゆるやかにひとつの群れになっている。とてもロマンティックなものだと思います。
 本屋さんで新書のコーナーを眺めた時に感じたのは、各出版社の背表紙がみんなよく似ているということでした。それから、タイトルの文字がほとんど明朝体であるとか、極端な言い方をすると、何となく「地味であることが正しい」というような雰囲気を感じました。ぼくは天邪鬼(あまのじゃく)なので、そういうものと同じようなことをやるのは嫌でした。やっぱり本屋さんで、「現代新書がここにいるよ」と、明確にわかる必要がある。
 そこで、まず考えたのが背表紙です。背の色が一冊一冊全部違っていて、棚に並んだ時に、ストライプになるというアイディア。これは、娘が持っていたテキスタイル(織物)の柄を見ていて閃きました。読者の本棚を想像してみても、新書というのは出版社に関係なく、たいてい集まって並んでいると思います。その中にポン、ポンと色が入っていたら、きっときれいで楽しいし、もしかしたら、色のストライプで集めたくなるかもしれない。
――棚にささっている状態から考えられたというのは、面白いですね。カバーの表紙に正方形がデザインされています。この色がアイテムごとに変わるのが大きな特徴ですね。
中島 新書にはいろいろな内容のものがあるので、これだという明確なデザインはできません。結局、どういうかたちで抽象性をもたせつつ、書店で並べられたときに、ひとつの塊に見えるようにするかが問題になります。
 それで、もっともデザインのない、無意味な形としてどういうものがいいかな、と考えた時に正方形というカタチが浮かんできました。丸とか三角とか四角というのは、もともと自然界にある形です。デザインと呼んでいいのかどうかもわからない。ただ、丸や三角は色によって意味が出てきますよね。丸だと日の丸がいい例です。やっぱり四角が一番無意味だと思います。
 ぼくは四角がもともと好きで、これまでもモチーフとして時々使ってきました。四角を使うこと自体は特別なことではなくて、いろんなデザイナーが多方面で使っています。ただ重要なのは、確信に近い意志を持ってそこにあるということです。たとえば、音楽でもそうでしょう。レディオヘッドの新しいアルバムが出た。一番初めの音がジャーンと鳴っている。「うわっ!これだ」と思いますが、ではその音色は新しいのかというと、そうでもない。よく聴いたことのある感じです。つまり、意志を持って、これなんだと弾いている「ジャーン」、このちょっとした違いで変わるわけですね。
 今回のデザインでも、全部が同じ色だったらただの四角ですが、全部違う色であるというところで、一冊一冊が完璧に違う音色になっていると思います。
――帯についてはいかがですか?
中島 各社の新書のデザインを見ていて、新書では、タイトルが目立つ必要はないと思いました。タイトルはもちろん大切ですが、やっぱり読者の注意をひきつける最大の武器は帯です。CDでもそうですが、帯(短冊)の文章でそそられる、手を出すスピードが速くなるということは、すごくあります。
 新書に限らず、デザイナーは帯に対して消極的なものです。ぼくも、できれば帯は捨てて、本棚に並べてほしいとは思います。かといって、現実に書店では、帯は本のデザインと一体のものとして見えるわけです。だったら、帯も積極的にデザインしようと。
未来から発想する
――新書のひとつの特性として、長い間本棚に置かれるということがあります。だから、新しいデザインが何十年もつか、というのが勝負になりますね。
中島 ええ。ぼくは、デザインはモダンである必要があると思っています。歴史的に証明された正しいこと、正しいフォームをなぞるということに、ものすごく抵抗を感じる。そういうのは、「オールド」という価値観です。古臭い。たとえば、どんな車でも時間が経てば、オールドカーにはなれるわけですよね。でも、ヴィンテージカー、クラシックカーになれるものはごくわずかしかない。この差は何なのかというと、出現した時にモダンであったかどうかだと思います。
 だから、十年後、二十年後に、オールドではなく、クラシックに行ける可能性を探すことが大切です。未来から発想すると言いますか、どちらかというと建築に近い考え方ですね。時間に耐えられなければならない。
――つまり、その時点での、新しいスタンダードを模索するということですね。
中島 そうです。今、日本にはこれだけ数多くの新書のシリーズがあって、どれも兄弟のように似ているというのは、ちょっと気持ち悪い。
 ものを創造するとか、新しい知を拓くというアドベンチャーは、ほんとうに幸福だと思います。まだまだ全然塗り替えられる。登られていない山は世界中どこにもないかもしれないけど、同じ山でも違うところから登るとか、解釈を少し変えるだけで、まだまだいろんな道が残されています。デザインもそうです。みんなよく、もうやり尽くされたと言うじゃないですか。実は十年前、二十年前も同じことを言っていましたが、そんなことは全然ない。三十年前にすべてはやり尽くされたと言っていた人を、今ここに連れてきたら、「あれっ?」と思うでしょう(笑)。
脱走したはずの場所
――そもそも中島さんがデザイナーになられたきっかけは、何だったのですか?
中島 実家が和裁をやっていました。皇室に納めるような着物を縫っていたので、図案や家紋などは毎日身近に見て、子ども心にかっこいいなぁと思っていた。ぼくは絵を描くのが好きでしたし、兄貴は美術に興味がなかったので、ぼくを跡継ぎにしようとしている空気が中島家にはありました。
 でも、歳をとるにつれて、跡を継ぐのは嫌だなと思って、そこから離れたくて、とにかく「和」を否定しようという気持ちに無意識のうちになっていきました。それでずっとイラストを描いていたら、ピーター・サヴィルというアートディレクターが作ったレコードジャケットに出会って、これが起爆剤になりました。それを見た時は「これ俺知ってる!」という感じで、俺の道はもうこれしかない、と。
――それはいつごろですか?
中島 十八の時だったと思います。ピーター・サヴィルは、ジャケットがその音楽に即している必要なんかひとつもないという考え方です。ある種のポストモダンですね。彼は、音楽なんか聴かないと言っています。
 普通、内容が上でデザインが下、というような上下関係をなんとなく想定しますよね。内容と全然関係のないカバーはよくないとか。もちろんピーター・サヴィルは極端な例かもしれませんが、書籍の世界では、そういったことが起こってもいいという事例が少なすぎるように思います。
 ぼくのデザインは、ピーター・サヴィルが起源だと思っていますが、海外では「中島は本当に『和』だよな」とよく言われます。
――やはり、刷りこまれた根っこの部分が顔を覗かせるということでしょうか?
中島 そうでしょうね。「和」が嫌だ、「和」が嫌だと言いながら、実は自分の大好きな、いわゆるミニマルというものが、全然「和」の中にあったりして(笑)。着物なんか、一枚の長い布を立体にしていくわけですから、ものすごくミニマルだと言えますし。
 もっと言うと、着物を縫うピッチがぴたっと合っているのが好きだったり、わざと少しずらした絵が粋だと思ったり、そういうのはたぶんぼくのデザインの中に出ちゃっていると思います。脱走したはずの場所に、気づいたら戻っていたようなものですね。
 ぼくは、隙がなくて、すべてが理にかなっているような、きれいすぎるデザインは嫌いです。やはり笑いという要素の入る余地がない表現は、どんなものであれ一番駄目だろうと思います。
 現代新書でも千冊に一冊、カバーをむくと裏が意味もなく真っ赤に刷られているとか、そんなイタズラもしてみたいですね。
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