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「知」への希求清水義範2004年11月号


 講談社現代新書が創刊以来四十周年を迎えるのだそうで、それを機にデザインも一新されるという。こういうものになる予定です、という途中段階の見本を見せてもらったが、とてもすっきりしていて、なおかつ力強いデザインだった。そして何より、非常に明るい印象になっているのがよいと思った。
 まずは、四十周年おめでとうございますと言うところであろう。
 そして、新装なった現代新書の中の一冊として、私の書いたものが含まれることを喜ぼう。節目の時の一冊はいい思い出になる。
 私の一冊は『大人のための文章教室』というものである。文章がうまくなるためのコツやアドバイスをまとめたものだが、なぜことさら〈大人のための〉とことわってあるかというと、こうだ。これまで私は、十数年に及ぶ小学生への作文指導の体験をふまえて、子供のための作文教室、のようなものはたびたび書いてきた。その私が初めて、子供にではなく、普通の大人に向けて文章術をまとめてみたところから、ごく自然に〈大人のための〉が出てきたのである。
 つまりは、万人向けに書いた文章指南の書である。これまでにも、文章の書き方を説く本は数々あったが、私としてはそれらとの違いを明確にするために、次の三つの点に留意して書いた。
[1]気楽に読める談話風の本である
 実際の文章教室の教科書ではないのだから、気楽に読めて面白いものをめざした。文章についての肩のこらない談話にしたかったのだ。私の体験談や、読んでびっくりした文章なども出てくる。まずは笑いながら、文章ってものの玄妙さを感じてほしかった。
[2]精神論ではなく、実際に使える技を紹介している
 楽な気持で書けとか、逆に、かしこまって書け、というような心構えの話をされても、どう書けばいいのかはわからないものだ。品のよい文章を書きましょう、なんて言われたとして、いったいどう書けばいいのか。だからそういう、精神面のコツを書くのはなるべくやめにした。それよりも、具体的な技をいくつか並べている。
 接続詞を何種類も使えとか、言い切りの形をどうしろとか、エッセイを書くなら原稿用紙で何枚の長さにしろというような、具体的な指導だ。そしてそのほかにも、ちょっと意外な裏技も説いた。手紙をワープロで書いていいのか悪いのかまで、はっきりと明言している本はあんまりなかったと思う。
[3]文章読本ではなく、文章上達法の本である
 先例の多々ある、作家による文章読本というものは、実は文章上達法の本ではない。あれは、古今の名文を鑑賞しましょうという本である。先人の書いた名文のブツ切りを山ほど読ませるのだが、その見本が千差万別であり、一般の人はどれを手本にすればよいのかさえわからないであろう。
 そういうものではなく、私が書いたのは文章上達法のあれこれである。だから、少しの例外を除いて、古今の小説家の名文が手本として出てくることはない。こう書くよりこう書け、というような見本の文章は、すべて私がオリジナルで作った。作家の名文を読んだってなかなかそのように書けるものではないのだし、それよりは、まず一段階うまくなりましょうよという上達法の本だからである。
 この文章教室で私が伝えたかったいい文章とは、次のようなものである。
[1]まず基本として、伝えたいことを曇りなく伝え、書き手の意図が正しく読み手に伝達される文章でなければならない。
[2]そしてその上で、ただ伝わるだけでなく、読み手を同感させ、賛同させたいというのが文章の狙いでなければならない。
 [2]はなかなかむずかしいことだが、文章を書くというのはそういう希望を持ってすることである。
 たとえば、スポーツは素晴しいものだ、という内容の文章を書いたとしよう。それを読んで、読み手が、この人はスポーツが好きだ、ということを感じるだけならば、[1]しか達成できていないのだ。そこにとどまらず、読んだ人も、そうだスポーツは素晴しいと思い、思わずスポーツしたくなるように書かれている文章であることが、[2]のレベルをクリアしているってことだ。
 今の政府に不満あり、でも、日本はこのままでは滅びるだろう、でも、戦争には反対だ、でも、文章に書くならば読み手を同意させることが目的なのである。
 そういう文章が書けるようになるにはどうすればよいのだろう、ということをいろいろな観点から考えてみた。
 たとえば、読点(、)や、句点(。)をどううてばよいのか、なんてことまでだ。文章の長さはどうあるのがベストか、文末は〈です・ます〉がいいのか、〈だ・である〉のほうがいいのか、接続詞はどう使うか。
 そういう具体的なノウハウを語った。
 それから、手紙、実用文、紀行文、エッセイなどを書く時の、表技と裏技を思いつく限り書いてみた。
 というわけで、私としてはその本が、使える指南書になっているといいんだが、と願っている。そして、それが伝統ある講談社現代新書の一冊になったことを幸せだと思っている。
 ちょっと話が変るが、近頃は新書がブームだときく。数多くの出版社が新書を展開していて、合計で毎月何十点もの新しい新書が刊行されているのだ。そしてそういう中から、大いに話題になり、ベストセラーになるようなものも出てくる。
 考えてみると、そんなふうに新書がブームだというのは大変なことである。なぜなら新書とは、人々の「知」への希求にこたえる本だからである。新書がブームだということは、日本人がそんなにも知識を求めているということなのだ。
 ちょっと意外な気がしてしまう。ともすれば世の大人というのは、次のような愚痴をこぼしがちではないだろうか。
 最近の人々は、昔にくらべて本を読まなくなった。読んだとしても低俗なものばかりである。
 だから日本人はどんどんバカになっていく。昔なら常識だったようなことも知らない。
 このままでは日本の文化は崩れ、国は滅びていくだろう。
 ともすればそんなふうに嘆かれている日本人が、実は新書を大いに読んでいるのである。
 熱狂的に売れてるってほどではないが、次から次へと話題の書が出てくるくらいには読まれているのだ。
 新書が扱うテーマは幅広い。宇宙論から、遺伝子から、心理学から、脳の働きから、考古学から、教育学から、文章上達法まで、新書で勉強できないことはないのだ。そんなに知的な本が、こんなに売れて、読まれている国はそうないんじゃないだろうか。
 日本人のすべてが知的興味の持ち主だとまでは言わない。今年一年間本を読んでない、なんて人も一方にはたくさんいるんだから。
 でも、一方に新書のブームがあるということは、心強いことである。
 日本人には「知」への希求がちゃんとあるということなのだから。
 そして、その求めに新書がこたえ、「知」を供給しているのだ。その価値はとても大きいと思う。
 そう思えば、私も現代新書に一冊を加えることができたのは喜ばしいことである。それが大いに売れたらますます嬉しいが、ま、それは別として、節目の時を過ぎて未来に向かう現代新書の大いなる発展を祈るばかりである。
(しみず・よしのり 作家)