青柳正規
人間の死と同じように、文明にも衰退する時がある。
私たち現生人類は、ネアンデルタールをはじめとして、何種類もの絶滅した「ヒト」を乗り越えて現在にいたっています。このことは私たち現生人類も、将来滅亡するという可能性を物語っています。だからこそ、これまでの人間の行為と営為のなかに示された知恵を古代文明のなかから抽出し、危機を超克する方策を探求したいと考えます。そして、私たちの文化力が少しでも増大することを模索しましょう。
あおやぎ・まさのり
一九四四年生まれ。東京大学教授を経て、現在国立西洋美術館長。専門は古代ローマ史、古代美術史。著書に『皇帝たちの都ローマ』『トリマルキオの饗宴』(中公新書)ほか。
森谷公俊
わずか十年で大帝国を築き「神の子」を自称した大王の栄光と挫折
今までの世界史では、ギリシア史とオリエント史は別々に語られ、あたかも両者が常に敵対関係だったように思われがちでした。私は、この領域にまたがる大帝国を築いたアレクサンドロスの生涯を通して、この世界を一括りに展望したいと思います。彼の遠征でギリシア文化が東方に広まったというヘレニズム観も見直す必要があります。実は、ギリシアは先進国ペルシアの「西の辺境」だったのですから。
もりたに・きみとし
1956年生まれ。東京大学文学部卒業後、現在、帝京大学文学部助教授。専門は古代ギリシア・マケドニア史で日本におけるアレクサンドロス研究の第一人者。主な著書に『王妃オリュンピアス』(ちくま新書)、『王宮炎上』(吉川弘文館)、『アレクサンドロス大王』(講談社選書メチエ)などがある。
林 俊雄
遊牧民が馬に乗った時、歴史に何が起こったのか――。
黒海北岸に現れたスキタイ。モンゴル高原の新興勢力・匈奴。蛮族と見られがちだった彼らは、中央ユーラシアの草原に広大な国家を築き、独自の「文明」を産み出します。それは農耕ではなく、遊牧を基盤とする文明でした。ヘロドトスが語るスキタイ、司馬遷が描く匈奴像とは。匈奴から見た漢人とは。騎馬遊牧民が世界史上に果たした役割を再評価し、最新の発掘調査も踏まえて遊牧文明の謎に迫ります。
はやし・としお
1949年生まれ、創価大学文学部教授。専門は中央ユーラシアの歴史と考古学。ユーラシアの草原に遺された古墳群のフィールド調査を重ね、古代王権の実態や東西の文化交流を実証している。おもな著書に『ユーラシアの石人』『グリフィンの飛翔』(雄山閣)など。
栗田伸子/佐藤育子
ポエニ戦争でローマに葬り去られた「海上帝国」の変容を追う
通商の民・フェニキア人が、紀元前九〜八世紀に建国したカルタゴ。東地中海沿岸部からイベリア半島にいたる苦難に満ちた、そして輝かしい発展。ハンニバルのアルプス越えで名高いローマとの全面戦争。滅亡後も、北アフリカの海岸地方に、その遺産は残されていました。滅んだゆえの史料の乏しさから、取り上げられることの少なかった古代地中海の歴史の「失われた半分」を復元できればと思います。
くりた・のぶこ 一九五四年生まれ。東京学芸大学教授。共編著に『躍動する古代ローマ世界』(理想社)
さとう・いくこ 一九五八年生まれ。日本女子大学講師。専門は、古代フェニキア史。
本村凌二
ローマ史には、人間の経験のすべてが語られている
人類の文明史五〇〇〇年のうち四〇〇〇年は古代です。その最終段階の地中海世界に、覇権を築いたローマは元来、イタリア半島の小さな都市国家でした。それがなぜ、五〇〇年以上も繁栄する大帝国を築くことになったのでしょうか。そして、ここで生まれた一神教こそが、古代社会を大きく変貌させました。前一四六年、ローマの統帥スキピオが目撃するカルタゴ滅亡から、壮大な物語の幕が開きます。
もとむら・りょうじ 1947年、熊本県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。欧文学術誌KODAI編集長。文学博士(西洋史学)。著書に、『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)、『優雅でみだらなポンペイ』『ローマ人の愛と性』『馬の世界史』(以上、講談社)、『多神教と一神教』(岩波書店)など。共著に『世界の歴史5 ギリシアとローマ』(中央公論新社)などがある。
森安孝夫
イメージ先行のシルクロードの本質と、日本人の歴史観を問い直す
私の考える「シルクロード」とは、単なる「ロマン溢れる東西交易路」などではなく、まさに政治・経済・宗教・文化交流・戦争の現場、すなわち世界史の舞台です。突厥、ウイグル、チベットなど諸民族が入り乱れたこの地域の中で、大きな足跡を残して姿を消した「ソグド人」とは何者か。唐王朝は本当に漢民族の王朝なのか。騎馬遊牧民の視点から、中国史とヨーロッパ中心史観を洗い直します。
もりやす・たかお
1948年生まれ、東京大学卒業。現在、大阪大学大学院教授。専門は仏教時代の中央アジア史など。中央ユーラシアから世界史を見直すことを提唱し、本書はその独自の研究成果を一般向けに問う初めての著作です。また、氏は全国の高校歴史教員の研修活動にも意欲的に取り組んでいます。
小杉 泰
新たな世界原理は、文明の空白地帯アラビア半島から突如登場した
西はイベリア半島、東は中央アジアに達した支配領域。この大征服は「剣のジハード」だけで可能だったのだろうか。しかも草創期には、ムスリムは常に圧倒的少数派だった。帝国を成り立たせた、多民族・多宗教を融和する原理とは。 最後のイスラーム帝国が二〇世紀初頭に滅んだとき、何が起こったのか。帝国を創り出したジハードと融和の原理を、歴史と現代を見据えながら、日本人の立場で客観的に論じたい。
こすぎ・やすし 1953年生まれ、エジプト国立アズハル大学卒業、現在、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授。法学博士(京都大学)。著書の『イスラームとは何か』(1994年、講談社現代新書)は、20刷を超えるロングセラー。2006年刊行された大著『現代イスラーム世界論』(名古屋大学出版会)は、現代の国際社会におけるイスラーム世界の実像に迫る話題の書。
原 聖
時を超えて生きのびる「もうひとつのヨーロッパ」をめぐる旅
ケルト文化とは、ローマ文明やキリスト教におおわれる以前にヨーロッパの基層をなしていた文化です。ストーンヘンジに代表される巨石文化、アーサー王の伝説、そして現代の「ケルトブーム」。西欧文明批判の旗手として復興の気運のある「幻の民」の「歴史の記憶」を、民俗学的な知見を踏まえて、冷静に、実証的に再構築したいと思います。ヨーロッパは本当にキリスト教化されたのでしょうか。
はら・きよし 1953年、長野県生まれ。東京外国語大学卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学、現在は女子美術大学芸術学部教授。学生時代にはブルターニュのレンヌ大学ケルト学科に留学。専門は近代言語社会史。著書に『周縁的文化の変貌』(三元社)、『〈民族起源〉の精神史』(岩波書店)ほか。
陣内秀信
歴史の重なりがそのまま視覚化されている都市を歩く
常に歴史の表舞台にあったヴェネツィア、「海の門」を持つアマルフィ、近年私が調査したモノーポリ、ポルトヴェーネレなどの都市には、ギリシア、ローマ、ビザンツ、さらにイスラームなど多様な文化が培われてきました。地元の郷土史家と古地図を片手に住宅をたずね歩くと、今なお海洋都市のスピリットが生きていることを実感します。都市にとけ込んだ古代の遺跡を廻り、歴史を繙いていきます。
じんない・ひでのぶ 一九四七年生まれ。法政大学教授。専攻は建築史・都市史。著書に『東京の空間人類学』(筑摩書房)、『ヴェネツィア』『南イタリアへ』(講談社現代新書)ほか。
杉山正明
超広域世界帝国の残像をみつめ、ユーラシア史を書き換える
チンギス・カンが創始し、瞬く間にユーラシアの東西南北を席巻した「大モンゴル国」は、人類史にひとつの画期をもたらしました。この大帝国が解体した後も、その権威と統治システムは、ティムール朝、ムガル帝国、ロシア帝国、オスマン帝国、明清帝国などに継承されたのです。現代までのびるモンゴルの「長い影」を追いながら、「帝国」とは何か、「歴史」は何のためにあるのかを考えてみたいと思います。
すぎやま・まさあき 一九五二年生まれ。京都大学教授。『モンゴル帝国の興亡』(上下、講談社現代新書)、『遊牧民から見た世界史』(日経ビジネス人文庫)、『疾駆する草原の征服者』(講談社)ほか。
林佳世子
ビザンツ帝国からイスラムの盟主へ。イスタンブルの混交と栄華
バルカン、アナトリア、アラブの三世界を治めた「長命の巨象」の内実は、地方ごとの多様性と五百年の変遷ゆえに、十分に明らかにされてきませんでした。しかし、多宗教・多民族が共存し、長期にわたって平和と安定を誇った帝国の真実は、多くの驚きに満ちています。イスタンブルが輝きに満ちていた時代、「近代」の常識では測れない東地中海世界の伝統が、この地域に息づいていたのです。
はやし・かよこ 一九五八年生まれ。東京外国語大学教授。著書に『イスラム都市研究』(共著、東京大学出版会)、『オスマン帝国の時代』(山川出版社世界史リブレット)ほか。
石澤良昭
アンコール発掘の最新成果と、巨大遺跡に託した世界観をさぐる
東南アジアは多彩な自然に恵まれた多言語・多宗教世界である。その中で私は、カンボジアに在住し、アンコール・ワットの調査・発掘に四〇年以上たずさわってきた。九世紀から一五世紀まで続くアンコール朝では、王は民の安寧を祈り、宇宙観にもとづき懸命に王宮や寺院を建設した。ひたむきな輪廻転生に依拠した人びとの世界観と、タイ・ベトナム・ラオス・ミャンマーなど周辺国との関係史を綴りたい。
いしざわ・よしあき 一九三七年生まれ。上智大学教授を経て現在、上智大学学長。著書に、『アンコールワット』(講談社現代新書)、『アンコール・王たちの物語』(NHKブックス)ほか。
網野徹哉
征服と反乱、融合。帝国の衝突の後に作り出された植民地空間
膨張する帝国スペインの最盛期、ピサロはインカ帝国を征服した。しかし、その後の植民地時代の歴史はスペイン人vs.インディオという単純な図式では捉えきれない。インカ王族は命脈を保ち、スペインから追放されたユダヤ商人は富を蓄え、クリオーリョやカスタなど、さまざまな社会集団も生まれていたのである。ラテンアメリカの今日を視野に入れ、ダイナミックな歴史記述を試みたい。
あみの・てつや 一九六〇年生まれ。現在、東京大学大学院助教授。アンデス社会史・思想史、ラテンアメリカ史を専攻。共著に『世界の歴史Q』(中央公論社)、『歴史の文法』(東京大学出版会)ほか。
福井憲彦
国民国家誕生からEUまで、世界秩序を形成する「ヨーロッパ」とは何か
今、ヨーロッパは貧富の格差や移民問題で揺れています。世界にさきがけ近代的な合理思想を生み、科学技術の進歩と民主的な政治システムを確立する一方で、帝国主義で膨張して植民地を支配したのも事実です。この光と影の重層構造、近代ヨーロッパの功罪を、一八、一九世紀を軸に解き明かそうと思います。各国の歴史を王朝史や人物史で語るのではなく、近代ヨーロッパの全体像を示せればよいのですが。
ふくい・のりひこ 一九四六年生まれ。学習院大学教授。著書に『時間と習俗の社会史』(ちくま学芸文庫)、『ヨーロッパ近代の社会史』(岩波書店)、『歴史学入門』(岩波テキストブックス)ほか。
土肥恒之
ヨーロッパとアジアの狭間に興った王家と帝国の光と闇
現在の「巨大なロシア」はいつ誕生したのでしょうか。小さな島国に暮らす私たちとはまったく異なる「広大無辺な大地」は、ロシアの社会・文化にどんな作用をおよぼしたのでしょうか。ロマノフ家の創始からピョートル大帝と女帝エカテリーナの改革、ナポレオンとの対決を経て、帝政の最期までを通観します。また、ソヴィエト連邦の形成と崩壊はロシアに何をもたらしたのか、考えてみたいと思います。
どひ・つねゆき 1947年、北海道生まれ。小樽商科大学で故・阿部謹也氏に師事し、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。現在、一橋大学大学院社会学研究科教授。専門はロシア社会史。おもな著書に『ステンカ・ラージン』『岐路に立つ歴史家たち』(山川出版社)、『ピョートル大帝とその時代』(中公新書)、『よみがえるロマノフ家』(講談社選書メチエ)ほか。
羽田 正
史上初の株式会社、その誕生から消滅までの二〇〇年史
イギリス、オランダなどヨーロッパの東インド会社やそこで働く人々とアジアの人々の接触・交流を軸にして、一七〜一八世紀のユーラシア世界の様相を描きたいと思います。特定の民族や国家ではなく、アムステルダム・ロンドンから、広州・長崎までの広い世界が舞台です。「東インド会社の二〇〇年」が終わったとき、そこにたち現れた世界の姿は、一七世紀初めとどのように違っていたのでしょうか。
はねだ・まさし 一九五三年生まれ。東京大学教授。著書に『モスクが語るイスラム史』(中央公論社)、『勲爵士シャルダンの生涯』(中央公論新社)、『イスラーム世界の創造』(東京大学出版会)ほか。
井野瀬久美恵
イギリス人のアイデンティティと「帝国だった過去」を問う
一七七六年――。アダム・スミスが『諸国民の富』を出版し、植民地アメリカが独立したこの年こそ、重要な画期だったと私は考えます。イギリスにとって、「アメリカを手放す」という経験は、単なる敗北ではなく、その後の世界帝国への貴重なステップでもありました。そして迎えた最盛期のヴィクトリア時代、衰退の種はすでに宿っていたのですが、いったい誰がその兆候に気づいたのでしょうか。
いのせ・くみえ 1958年生まれ、京都大学大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、甲南大学文学部教授。専門はイギリス近現代史、大英帝国史。著書に『植民地経験のゆくえ』(人文書院)、『女たちの大英帝国』(講談社現代新書)、『大英帝国はミュージック・ホールから』(朝日選書)ほか。
平野聡
「東アジア」と「中華民族」はいかに創り出されたか
「万里の長城」は漢民族の誇り? 本当でしょうか。北方民族にたびたび蹂躙されてきた「屈辱の歴史」の象徴ではないでしょうか。満州族の王朝・清朝は、チベットやモンゴルなどの諸民族を巧みに統治しました。この輝ける「内陸アジアの帝国」が、アヘン戦争を境に「東アジアの帝国」へと変容し、中国ナショナリズムを生み出す過程を検証します。春節でにぎわう横浜中華街の情景が、本書の出発点です。
ひらの・さとし 1970年、横浜市生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、現在は東京大学大学院法学政治学研究科准教授。博士(法学)。専門はアジア政治外交史。博士論文を出版した『清帝国とチベット問題』(名古屋大学出版会)で、2004年にサントリー学芸賞を受賞。
姜尚中 玄武岩
日韓の戦後を形成した帝国の「鬼胎」たち。二人の人物を中心に描く
韓国の高度成長を達成した朴正熙、A級戦犯から首相の座に登りつめた岸信介。戦前、この二人は一度も出会うことはなかったのですが、朴は満州軍官学校卒の帝国陸軍少尉・高木正雄として、岸は革新官僚として、ともに満州で生死を賭けたのです。そして今も、両者の末裔が権力を握りつつあるという現実。彼らの生涯を通して帝国の実態と遺産を見つめ直し、東北アジアの現在と将来を考え直します。
かん・さんじゅん 一九五〇年生まれ。東京大学教授。著書に『オリエンタリズムの彼方へ』『ナショナリズム』(岩波書店)、『在日』(講談社)、『姜尚中の政治学入門』(集英社新書)ほか。
ひょん・むあん 一九六九年生まれ。北海道大学准教授。著書に『韓国のデジタル・デモクラシー』(集英社新書)、『統一コリアーー東アジアの新秩序を展望する』(光文社新書)などがある。
生井英考
ついに「空の支配」に乗り出した人類。現代文明はどこに向かうか
航空、軍事、宇宙開発、情報ネットワーク――。現在、「空の覇権」を握るアメリカは、いつの間にあのような傲慢なまでの軍事大国に変貌したのだろうか。もともとアメリカの「空の文化」は、ライト兄弟以来、リンドバーグや女性飛行家アメリア・イアハートなど、普通の庶民に担われてきたのに。「アメリカの世紀」であるとともに「戦争の世紀」であった二〇世紀を、私たちは見つめ直してみなければならない。
いくい・えいこう 1954年生まれ、共立女子大学国際文化学部教授。1987年、ヴェトナム戦争を文化史的に分析した『ジャングルクルーズにうってつけの日』(筑摩書房)で注目され、その後『負けた戦争の記憶』(三省堂)などの著書があります。
編集委員/大塚柳太郎/応地利明/森本公誠/松田素二 ほか
現代人が直面する問題に、「歴史」はどんなヒントを与えるか
<おもな内容>
対論・「世界史」が見落としてきたもの…福井憲彦・杉山正明
人口一〇〇億人時代をどう迎えるか…大塚柳太郎
「海」は文明に何をもたらしたか…応地利明
「宗教」は人類に何をもたらしたか…森本公誠
「アフリカ」から何が見えるか…松田素二
対論・衝突か、融合か――地中海から日本文化を考える 青柳正規・陣内秀信
おおつか・りゅうたろう:一九四五年生まれ。国立環境研究所理事長。『地球人口一〇〇億の世紀』(ウェッジ選書)ほか。
おうじ・としあき:一九三八年生まれ。立命館大学教授。『絵地図の世界像』(岩波新書)ほか。
もりもと・こうせい:一九三四年生まれ。東大寺別当。『イブン=ハルドゥーン』(講談社)ほか。
まつだ・もとじ:一九五五年生まれ。京都大学教授。『新書アフリカ史』(講談社現代新書)ほか。
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