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BOOK倶楽部TOP書籍ファミリーポートレイト最新作『ファミリーポートレイト』について

ファミリーポートレイト 桜庭一樹

セルフポートレイト

──最新作『ファミリーポートレイト』について

桜庭一樹

 昨日、ポール・ニューマンが死んだ。
「ポール・ニューマンが死んだ!」
 映画好きの男の子と会って、ケーキを食べながら(意味はないけどチョコレートケーキだった)「ハスラー」や「スティング」などの話をがんがんした。わたしは「明日に向って撃て!」が好きなのでその話がしたかったのだけれど、男の子は「暴力脱獄」の話を熱心にした。そっちの話のほうが面白いのでわたしは黙った。
 このとき、死んでいくあの主人公はキリストのメタファーなのだ、と聞いて、ふっと、自分の最新長編『ファミリーポートレイト』のことを思いだした。
 わたしは日本の小説よりも外国文学を好んで読むし、小説家になるにあたって多大な影響を受けた、と思う。欧米の小説や映画を大量摂取するたびに、いいな、と思うのが、チョコレートケーキの前で語られた「暴力脱獄」がそうであるように、宗教観とそれによる“罪”の意識があるからだ。神さまがいる国の物語は重たくて、おおきい。どんなに個人的なお話も神の真下では平等に罪深くて、だからそのぶん普遍的なパワーを持つ。
 そういうおおきな普遍的なでも現代的でもあるどかーんとした物語を、自分も日本を舞台にして書きたい、と、数年前から考えていた。父と娘の近親相姦を描いた『私の男』のときも、その前の、製鉄一族の女三代記『赤朽葉家の伝説』のときも、課題としたことのひとつはそれだった。
 わたしは小説家として、日本の風土で、昔から現代まで通用する“神さまに代わるもの”はなにかと考え続けていた。
 たとえば欧米の映画では、裁判シーンで、証言台についた人物が聖書の上に手をのせて宣誓する。神に誓ったからと、嘘をつきにくくなるらしい。子どものころから、観るたびに、日本でこれはないよなぁと思っていた。だって神さまなんていないもん。大人になってくると、では代わりになにに宣誓させれば神に誓ったのと同じ効力を発揮するのかなと考え始めた。恋人?いやいや、いくらなんでも恋愛はそこまで宗教化してないだろう。で、ある日……もう三十代になってからだけど、どこからか水が流れてきたように閃いた。
 家族だ。
 家族の写真(フアミリーポートレイト)に誓わせれば、神と同じか限りなくそれに近い効力を発揮するかもしれない。
 おおきなお話を書いて、個人的な出来事をみんなの物語に変換するためには、そして日本の風土にはなかなか溶けこませることのできない“罪”という底なし沼に主人公を突き落とすためには、神さまの位置に、血の繋がりそのものを持ってくればよい。
 これを信念として書いたのが『赤朽葉家の伝説』であり、『私の男』であり、最新作『ファミリーポートレイト』だ。主人公が五歳のときから始まり、地獄巡りの三十年間が瞬く間に過ぎて、三十四歳のある日、ぷつっと幕を閉じる。精神的に未熟な母親から「わたしの神」として間違った育てられ方をした娘が、生きるために“自尊心”なる青い鳥を探し続けて無残に歳を取っていく物語だ。
 最初の核となる、血の繋がり、というテーマを目前に置いてから、執筆前にさまざまな情報を自分の頭に放りこんだ。母と息子の逃避行を描いたジョン・アービングの『また会う日まで』の表紙を数日、眺め続けた。それから寺山修司原作、藤原竜也主演の蜷川舞台『身毒丸』を、藤原を少年から少女に脳内変換して、母と息子ではなく母と娘の物語にして頭の中で最初から演じ直した。「ママ、もう一度あたしを産んでくれないかな?」……。深夜のバラエティ番組「怒りオヤジ3」に登場した罪深いギャルママもつかんで頭に捩じこんだ。女性写真家イリナ・イオネスコが幼い娘に娼婦の扮装をさせた写真集『EVA』も。痩せこけた女性ロック・シンガー、パティ・スミスのビジュアル・イメージも。四方田犬彦の評論で読んだ、出自を偽る作家を巡る「マラーノ(豚)文学」というキーワード。サンボマスターの山口隆(好き)が語る「夜に滑りこみたいんだ!」。執筆が始まると、減っていく脳内の情報量との闘いになって、対談の仕事で訪れた新宿花園神社裏の廃校(吉本興業の東京本部)、北村薫氏に教えてもらった東京大学の近所の金魚屋、実家の母から突然かかってきた謎電話「あじさいの葉っぱは毒があるから食べないでね。ガチャン!」(←食べないよ!)、サザンオールスターズの解散コンサート、伊集院静『乳房』における久世光彦の名解説「不良の文学、または作家の死」、人志松本のすべらない話 ザ・ゴールデン……スペースがなくなってきたのでもう書けないけど、自分の貯金といま摂取したばかりの情報が渾然一体となって、三ヵ月後、一千枚の長編として完成した。
 それで、家族の話はこれで集大成になったからつぎのテーマを探す旅に出ようかなぁ、といま思っています。

(さくらば・かずき 作家)
(読書人の雑誌「本」12月号より)