天国が降ってくる気分   島田雅彦

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 これは私が24歳の時に書いた最初の長編小説である。当時の私は気負いに気負っていた。『優しいサヨクのための嬉遊曲』でデビュー以来2年間、新人の栄光は全て私のためにあった。私はケチな佳作など書く気は全くなかった。私の野心は傑作を書くことではなく、偉大な失敗作を書くことに向かっていた。もちろん、失敗を念頭において書くものが感動を呼ぶはずもない。私が行おうとしていたのは、処女作をもう一つ書く試みだった。『優しいサヨク』の時にはまだ技術的に不可能だったことや遠慮して書かなかったことがたくさんあり、それらを総動員して、全く別の自分を創造してやろうと企んだのだ。
 当時まだ親元に暮らし、北向きの小部屋に篭って、約8ヵ月、執筆に集中した。時にはまる1週間一歩も外に出ない週もあった。私が記録更新にかけるアスリートのように禁欲的に暮らしたのは、あとにも先にもこの時限りである。持てるものを全て吐き出した反動か、作品完成後、私はしばらくスランプに陥った。結婚も引越しもスランプ解消には至らず、この頃から足繁く旅行に出るようになった。
 この作品は発表時、期待していたほどの反響はなかったし、文学賞にも恵まれなかったが、私はある文豪にこの作品を認められたことを今でも誇りに思っている。その文豪とは大岡昇平氏である。大岡氏はデビュー以来、私の作品を読み続け、その年の文芸誌でのアンケートで『天国が降ってくる』を今年の収穫として、評価して下さった。
 15年前の自作を読み返すたびに、これは一度しか書けない類の作品だと思う。ペンが走り過ぎているところ、書かなくてもいいのにと苦笑させるところ、どうしてこんなに悟っているのか、と思わせるところ、今ならいろいろ批評し、細かく添削してやれそうだ。ともあれ、これは紛れもなく自分が書いたものであり、この作品によって私は独自の進化を遂げたのである。
 私は『天国が降ってくる』を書き上げた瞬間の解放感を今でも覚えている。結果的にこの作品は私の代表作になり損なったが、大長編を構想する時、いつもこの作品を基準にしていた。私が今日まで書き続けてこられたのは、二十代のうちにこの偉大な失敗作を書いておいたからだと思う。
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