講談社BOOK倶楽部
講談社創業100周年記念企画「この1冊!」

  

200縁で堪能できる月刊文庫情報誌 【毎月15日発売】定価(税込):200円 A6版

□2012年1月号目次

初の小説が見事受賞!

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選考委員、東野圭吾氏をして“乱歩賞史上最高のトリックだ”と言わしめた『プリズン・トリック』で、衝撃的なデビューを飾った遠藤武文さん。受賞作の単行本は、乱歩賞作品としては近年ないほどのベストセラーにもなりました。まずは受賞当時をふり返っていただこうと思うのですが、乱歩賞受賞が決まったときは、どんなお気持ちでしたか?
遠藤
素直に「ヤッター!」と思いました(笑)。
――
受賞パーティーでのご挨拶などを聞くと、本当に初めてお書きになった小説だったそうですね。
遠藤
そうなんです。だからもし受賞できなかったら、もう二度と書くか! と思ってた(笑)。それまで郷土史の出版社で編集者をしていたことはありましたが、小説のような本格的な原稿を書いたことはありませんでした。小説を書いてみようかな……、という気持ちが芽生えたのは、フジテレビ主催のヤングシナリオ大賞に応募しようとしたときです。“あわよくば”という賞金狙いだったのですが(笑)。ちょうど執筆に取りかかっていた頃、テレビで「点と線」の二夜連続五時間スペシャルドラマを観て、ドラマを五時間近くもたせるには、セリフの量もすごいんだろうな、それだけ書くのなら小説でも書けちゃうんじゃないかな!?  と。小説といえば乱歩賞ってあったよな、と思い出したんです。ただ、締め切りが一月末なので、さすがにその回は応募が間に合わず、翌年に延ばすことに。それで逆に一年あれば書き溜めていけるだろうと意欲も湧いて来ました。
――
その後の一年は、お仕事もあったと思いますが、順調に書き進められたのですか?
遠藤
実は九月頃には書き上がってしまったんですよね(笑)。でもゆっくり推敲したいかというと、読み直して「なんだかイマイチだな」なんて感じて応募する気力が削がれるのも怖いし、いろいろと直そうというよりは、何かもうひとひねり加えてもっと面白くしてやろうと。そうして思いついたのが、刑務所内での密室トリックだったんです。
――
あの名場面は“もうひとひねり”という段階で生まれたんですね! 遺体に“前へ倣え”をさせるというのも奇抜なアイデアでしたが……。
遠藤
あれは、結果から考えていってそうなったんです。殺したはいいけれど、なるべく発見されたときに、“殺人の理由”が読みとられないようにする必要があるなと、そのためにはある工作が必要だし、なら、“前へ倣え”をさせておくとやりやすいかも? というふうに。密室も、ただ人が死ぬよりは、密室状態を作った方が面白みが増すんじゃないか、という発想で作りました(笑)。
――
まずは舞台が刑務所ということで、どうやって受刑者の生活や所内の光景をお調べになったのか、まさか実際入っていたはずはないし(笑)、その辺りのことも話題になりましたね。
遠藤
え刑務所内の場面については、ひとつは刑務官の方のブログを参考にしましたね。建物やその内部については、これまでに書かれた小説を読んだり、グーグルマップもとても役立ちました。何しろ上からバッチリ見ることができますから。もし作品を読んだ市原刑務所に服役経験のある方から、「実際と違うぞ」と、抗議が来たらどうしようかと心配しましたが、今のところそういう話は聞いていないので、ホッとしています(笑)。

続きはIN★POCKET1月号をご覧ください。

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二〇一一年五月に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』(徳間文庫)が、「後味が悪いけど面白い本」としてジワジワと読者を掴み、ついに三十万部を突破。『深く深く、砂に埋めて』『みんな邪魔』など、他の著書も次々に文庫化され、順調に版を重ねている。読み終えるとぐったりするほど濃厚な女の情念を描き続ける作家・真梨幸子氏の素顔とは一体どんなものなのか。書評家の藤田香織氏が話を聞いた。

藤田
まずは『殺人鬼フジコの衝動』の大ヒット、おめでとうございます。昨年の五月に文庫版が発売されて以来、ロングセラーになっていますが、今どれぐらい部数は出ているのでしょうか。
真梨
おかげさまで、昨年十二月に三十万部を超えました。最初の増刷は数千部単位だったんですけど、もうそれだけで凄く嬉しくて。初めて一万部刷ると聞いたときには「全部返品されたらどうするんですか!」って心配もしましたが、おかげさまでこんなに大きくなって。
藤田
もちろん「フジコ」のヒットだけが理由ではないと思いますが、昨年は他の単行本も次々に文庫化されました。「フジコ」は六冊目の作品ですが、これ以前はデビュー作の『孤虫症』以外、まだ文庫になっていなかったんですよね。読者のなかには単行本は数年経てばすべて文庫になると思ってる方もいるかもしれませんが、そう単純ではないわけで(笑)。
真梨
私もデビューするまではそう思ってました(笑)。でも、現実は厳しかったですね。単行本が売れるか、文庫化した時の売り上げがある程度見込めないと、なかなか難しいんです。本当に「フジコ」さまさま「フジコ」大明神です。

作家デビューを果たすまで

真梨
せっかくの機会なので伺いたいのですが、真梨さんが作家を志したそもそものきっかけは何だったのでしょう。
藤田
これがですねぇ。私はノストラダムスの大予言を信じていた世代なので、わりと本気で一九九九年で人類は滅亡する、三十四歳までしか生きられないと思っていたんですよ。それで結構、無計画に生きていたんですけど、いざ九九年の七月が過ぎ、八月になっても何も起こらなかった(笑)。あれ、これヤバいな、もしかして私、平均寿命まで生きるかもしれないと急に焦り始めて。忘れもしないその夏、目黒の寄生虫館に行ったことが全ての始まりです。
真梨
『孤虫症』の誕生秘話ですね(笑)。でもまた、どうして寄生虫館に?
藤田
当時ちょっとサブカル系のものに傾倒していて「別冊宝島」とかの特集で、寄生虫館が紹介されていたんですよ。それで友達とこれは行ってみよう! って。ハイテンションで見て回って、ショップで本も沢山買って、帰ってから熟読したんです。そしたら「孤虫症」という、寄生虫が原因の病気が載っていて、どういうわけだかロマンチックなものを感じちゃったんですね。だって「孤独な虫」ですよ? しかも、どうして生まれたのかも判らない、みなしごのタイガーマスクみたいなプロフィールで(笑)。初めて、これは小説になるんじゃないかと思ったんです。
藤田
それまでは全く小説を書こうと考えたことはなかったのでしょうか。
真梨
そうですね。学校が映画科だったのでシナリオを書いたことはあったし、テクニカル・ライターの仕事もしていたんですけど、まさか自分が小説を書くとは思っていませんでした。でも、ちょうどフリーのライターになって一、二年経ったころで、年齢的にもどこか気持ちに焦りがあったんでしょうね。「孤虫症」という病気に惹かれた後、たまたま入った書店で「公募ガイド」が目に止まったんです。それで江戸川乱歩賞の賞金が一千万だと知って、これだ! と(笑)。その少し前にマンションを買ってもいたので、一千万円あったらローンも半分以上返せるな、とか目論んで。
藤田
ということは、初投稿は乱歩賞だったんですね。デビューのきっかけになったメフィスト賞ではなく。
真梨
はい。乱歩賞の締め切りが翌年の一月末だったので、そこに焦点を合わせて九月ぐらいから書き始めて二〇〇〇年に初めて投稿しました。今、文庫になっている『孤虫症』はこの後かなり改稿したもので、投稿作は稚拙な部分もありました。まぁいきなりは無理かな、とは思っていたけど、一次は通ったんですよ。それで図に乗って毎年、乱歩賞一点狙いで投稿するようになり、そのうち自然に、あぁ私は作家になるだろうな、とよく分からない自信も湧いてきたんですが(笑)。でもこれが、なかなか最終選考まで残れなくて。
藤田
それで投稿先を乱歩賞からメフィスト賞に?
真梨
三十九歳になった〇四年、四度目の投稿の乱歩賞でもダメで、これはちょっとまずいな、この先どうなるんだろう、って悩み始めて。そこでまた、たまたま行ったデパートに占いコーナーがあって、吸い寄せられるように鑑て貰ったら「乱歩賞は向いてない。夏に選考がある賞に出しなさい」と言われて、調べてみたらメフィスト賞があった(笑)。だけどもう春だったので、一から書く時間はなくて、ずっと書き直したいと思っていた『孤虫症』を改稿して応募したんです。
藤田
そして見事、第三十二回のメフィスト賞を受賞されたわけですね。
真梨
〇四年の七月です。でも、報せの電話を受けたときは詐欺じゃないかと疑っていました(笑)。「あなたの原稿を本にしますから、お金を振り込んで下さい」みたいな。だから無愛想に応えてしまって、後で編集者に「あのとき真梨さん、凄くつっけんどんでしたよね」って言われてしまいました(笑)。

続きはIN★POCKET1月号をご覧ください。

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「数学なんて勉強してなんになるの」

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「浜村渚の計算ノート」シリーズの舞台は、政府が数学を義務教育から突然排除してしまった現代日本。かなり突飛な設定ですね。
 
そうですね。この世界を生み出すきっかけになったのは、ある中学生の「数学なんて勉強してなんになるの」という言葉でした。僕は学習塾で中学生を指導しているのですが、ある日、教え子の一人がそう聞いてきたんですよ。
確かに、日常生活で因数分解や三角関数を使う機会は滅多にないし、数学なんてなくたって困らないかもしれない。でもそれは勉強の数学の話。ルービックキューブのようなパズルゲームや、パイナップルの模様の数にも、実は数学がひそんでいるのです。
そんな、日常にあふれる数学の面白さを描くため、そして中学生の問いに自分なりの答えを出すために、思い切って数学のない世界を書いてみることにしました。そこで完成したのが、デビュー作である『浜村渚の計算ノート』。数学のなくなった世界を描くことから、逆に数学があるべき理由を見つけたいと思ったんですよ。
――
数学が忌み嫌われるようになった世界では、職と希望を奪われた数学者たちがテロ活動を開始。数学好きの中学生・浜村渚が探偵役となり、彼らの仕掛けてくる事件を解決します。
 
この設定を描くにあたり、ミステリーを選んだのは何故ですか。
読んで楽しい数学の本を作りたかったからです。よく「楽しい数学」というようなタイトルの本がありますよね。教材ほど堅苦しいものではないけれど、パズルよりは難しい、いわば数学の解説書のような本。どれも丁寧に説明がされていて分かりやすいのですが、僕には真面目すぎるのか、どうしても楽しいと思えなかったのです。
そこで、可愛い女の子が登場して、難しいとされる数学の問題をドラマチックに解いてくれたら楽しくなるのでは、と思いついたんです。単純ですけどね。
そういうものがないか探してみたのですが、残念ながら見つけられなかった。だから思い切って、自分で作ることにしたんです。
僕はもともと数学の小ネタ本や数学者の伝記を読むのが好きだったので、謎を作るためのエピソードはいろいろ持っていたんです。数字を使ったパズルのような簡単で楽しいものから、フェルマーの最終定理のような難解なものまで、書きたいことはたくさんありました。これをなんとか料理して、ミステリーに仕立て上げたのです。


参考にしているのは、『バットマン』

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浜村渚シリーズの特徴のひとつは、個性的なキャラクターたち。
 
特に主人公の渚は、数学に関して天才的なセンスを持っているにもかかわらず天然ボケで、そのギャップがとても魅力的です。
実は渚にはモデルがいるんですよ。元教え子で、塾でも評判の「天才数学少女」です。本人は自分に凄い才能があるということに自覚がなくて、渚のようにのんびりした子です。
単行本でも文庫でも、このシリーズのイラストは、漫画家の桐野壱さんが担当してくれていますが、桐野さんの描く渚は、モデルになった教え子に驚くほど似ているんです。思わず桐野さんに、本人を見てきたのかと尋ねたくなるくらいでした。
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渚と共に奔走する若手刑事たちも変わり者が多いですね。見た目も中身もガラが悪いのに、腕は超一流の鑑識課・尾財など……。
 
彼らにもモデルはいて、全員僕の知人です。「割りきれなかった男」(『ふしぎの国の期末テスト』第三話)に、渚と刑事たちがカレーを食べに行くシーンがあるのですが、ふと「今このカレー屋にいるメンバー、全員友達だな」と気づいて、妙な気持ちになりました(笑)。

続きはIN★POCKET1月号をご覧ください。

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