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2002年 日本代表の真実 小野伸二
「僕はただ立っているだけだった」

小野伸二は、納得のパフォーマンスができた試合後のミックスゾーンで決まって 言う。

「きょうは楽しめました」

スポーツ選手で「いい仕事ができました」と、試合を振り返る人が結構いるが、 小野の言葉には「職業」ではなく、ボールと戯れるのが好きでたまらない少年の遊び 心が潜んでいる。ピッチで笑顔が似合う人でもある。

2002年初夏、芝生を駆ける小野が底抜けの笑顔を見せることはなかったと思う。

「楽しめなかったし、正直、つらかった」

5ヵ月が過ぎ、改めて聞いてみたワールドカップの感想は、想像したとおりだっ た。

印象に残っていることはない?

「ただ、ピッチにいたというか。強いて言えば、ベルギー戦の鈴木くんへのパス ぐらいじゃないですか。あとは全然。何もない」

大会を目前にした5月下旬、虫垂炎による腹痛に見舞われ、出場すら危ぶまれた。

「ベルギー戦は、90分間走り続けるのは無理だと思った。体調が良くなったのは チュニジア戦ぐらいからかな」

ただ、消化不良に終わった要因は、フィジカル面のハンディだけではなかった。

トルコ戦翌日の発言に、ヒントがある。

「いい子ちゃんじゃなくて、いい意味で悪くなりたい。高校のときは、誰にも気 を遣っていなかった。このままじゃいけない」

トルシエ・ジャパンで求められた「組織」を杓子定規にとらえすぎ、本来の魅力 である遊び心を忘れていなかったか。そんな反省が「不良宣言」の背景に感じられ る。

初戦のベルギー戦。小野は左アウトサイドで先発した。右翼の市川大祐は大胆な オーバーラップが持ち味で、将棋に例えるなら香車タイプ。両翼がそろって前がかり になって攻めるのはリスクが大きすぎる。フラット3のDF3人で約68mあるピッチの横 幅をすべてカバーするのは不可能。しかも、初戦を落とせば、グループリーグ突破は 遠くにかすんでいく。

「自分がやりたいことを我慢してバランスに気を遣っていました。チームの一員 としては忠実にやりましたけど、個人的にはいい結果が生まれていない。自分がボー ルを持ったとき、ハーフウエイラインの後ろにいるなんて、僕にとって間違いなく好 ましくない」

トルシエ監督が求めた約束事はいつもと一緒。「逆サイドにボールがあったら、 絞る。3枚のDFと同じラインに入り、守備ラインを4枚にしろ」。右サイド優先で攻め ろという具体的な指示はなかった。

じゃあ、自分の判断で引き気味に? 「ですね」。チームの置かれた状況を瞬時 に判断し、自分の役割を考える。彼の「賢さ」は、時として損な役回りを引き受けて しまう。

安全に、確実に。ハーフウエイラインをまたぐのを自重しながらも、今大会で唯 一の見せ場と本人が自認するシーンが訪れる。

1点をリードされた直後の後半14分、自陣でボールをもった小野は、前線にいる鈴 木を視線にとらえる。右足で送った50m近いロングパスが同点ゴールに結実した。そ して、5分後、三都主と交代した。

「通らないと思って出すパスはないけど、あれは鈴木くんが足を伸ばした結果で あって、僕のパスは大したことない。鈴木くんの執念から生まれたゴールです」。チ ームメートの手柄を強調するのが、この男らしい。

第2戦は、さらに守備に神経を費やす難敵が待っていた。ロシアは右MFカルピンか らの崩しが生命線。試合前の予想では1対1のタイトマークに定評のある服部年宏の起 用もうわさされたが、先発は小野だった。

「外に張っているカルピンはあまり中央に入ってこない。彼がロシアの攻めのカ ギだと、かなり警戒したのは確かです。中田浩二との連係に気を配っていました」

初戦を勝っているにもかかわらず、「引き分け」のシナリオを度外視して攻め立 てるロシアの猛攻を、持ち味のキープ力でいなした。しかし、敵陣に侵入し、攻めに 絡む時間帯はやはり少なかった。1点をリードした後半30分、守備固めの服部に代わ り、ベンチに退いた。

第1、第2戦の殊勲者は2試合連続ゴールの稲本潤一だった。ベルギー戦は思い切り いいドリブル突破でペナルティーエリアに切り込み、豪快な左足シュート。ロシア戦 もペナルティーエリア内に侵入し、柳沢敦からのダイレクトパスを右足でネットに突 き刺した。

「すごくうらやましい。イナとは同じ年齢だし、中学時代から一緒にプレーして きたから。一番、大きな刺激。イナは自分でも『旬の男』っていっていた。これはこ こだけの話ですけど(笑)」。積極的に前線に顔を出す稲本が、小野にはまぶしく映っ たにちがいない。

第3戦は体調が戻った。チュニジアはベルギー、ロシアに比べれば格下。右サイド は市川ではなく、第2戦からは気配りの人、明神智和が入っていた。攻めの才覚なら 小野に分がある。「もう少し、攻めに時間を割けるかな」との思いもあったが、対面 する相手は、同じオランダリーグで活躍するアヤックスのトラベルシだった。

「トラベルシのスピードが脅威だったので、前に行くのは控えた。誰だって、自 分のサイドから点を入れられたら嫌じゃないですか。やっぱりネガティブだったかな あ。僕がもっと積極的にいけば、敵が引いたかも」

決勝トーナメント1回戦のトルコ戦で、トルシエ監督はギャンブルにでる。これま で1試合も出場していなかった西澤明訓をトップに据え、三都主を先発させた。小野 は指定席の左アウトサイド。試合前日の記者会見で、監督は悲願のグループリーグ突 破を果たしたことで、選手に気の緩み、目標を達成した充足感が蔓延するのを警戒し ていた。無理もないかもしれない。陸上100mのスプリンターが、ゴールのテープを切 った後に、「本当のゴールは20m先だよ」といわれたらどうだろう。モチベーション を再び点火させるため、指揮官はひとつの賭けにでたわけだ。

前半12分に右CKから1点を先行された日本。反撃を試みたが、トルコはむやみに 2点目を狙わず、守りを固めてきた。攻撃は空回りし、雨の降る杜の都で、日本の冒 険は終わりを告げた。

トルシエは勝負を分けるポイントとして、「組織」が60%、「個人能力」が30%、 残り10%は「運」との持論を持つ。

ぶっつけ本番で、60%の組織戦術を脱ぎ捨て、アドリブに期待する作戦は、結果的 に裏目にでた。しかも、個人能力で打開できるドリブルに優れFKの一発芸も持つ「ブ ラジル人」の三都主を前半で引っ込めていた。西澤となら「あうんの呼吸」が期待で きる森島寛晃の投入は残り5分を切ってからだった。

小野の証言は、イレブンの戸惑いを浮き彫りにする。「みんな1点を取り返そうと いう気持ちではいたと思うけど……。フィジカル的にもきつかったわけではない。た だ、グループリーグから突然メンバーが替わったのでシステムに慣れるのに必死で、 もがいていた。方向性はゴールに向かうことだけど、それまでの意思疎通というか、 試したことのないシステムだったので難しかった」。即興の連係と、30%の個人能力 でゴールを破れるほど、謙虚に守りを固めてきたトルコは甘くはなかった。

トルコ戦の「煮え切らない」敗北が60%の「組織」を放棄したことに起因している とすれば、小野のワールドカップの総括は、30%の「個人能力」で冒険できず、「組 織」に縛られた自分への、ふがいなさだったのではないか。

「後になって、ああすればよかった、とか思うもの。それは僕だけじゃなくて、 日本代表のみんなにあると思う」

4年前のワールドカップ・フランス大会。ジャマイカ戦の後半残り11分に投入され た18歳の少年は、痛快な股抜きを成功させ、敵のゴールに迫った。世界のひのき舞台 で臆することなく、グループリーグ3戦全敗に終わった日本のなかで未来への明るい 光に映った。

あれから4年。清水市商高時代は「守備なんて考えたこともなかった。後ろの人が やればいい」が持論だった少年は、さまざまな試練をくぐってきた。

「一番の大きなのは、ひざのけがですね」

'99年7月、シドニー五輪1次予選、フィリピン戦で左ひざ靭帯断裂の大けがを負 う。

「復帰してからも、けがの前の自分に戻ろうとして、イメージと肉体の動きが一 致しなかった。イメージばかりが先行して……」

いまもときどき、自分の少年時代、浦和レッズ時代のプレーを収録したDVDを鑑賞 する。「昔は、サッカーを楽しんでいたと思う。ボールタッチにしても、余裕があ る」

日本に比べ、欧州のトップレベルでは、相手DFの読みも詰めも格段に早い。余裕 がなくなったのは、その影響じゃないの?

「そういうのもあるけど、昔だってマークがついていなかったわけじゃない。け がをする前は、味方、そして敵の動きもよく見えていた。いまは、考える余裕がない んです」

日本代表では昨夏から左アウトサイドに定着。フェイエノールトではボランチに 据えられ、守備の意識を徹底的にたたきこまれた。不器用な人間なら短期間のうち に、ここまで順応できなかったろうが、小野はファンマルウェイク監督の信頼をつか んだ。しゃれたプレーを許さない厳格な指揮官の下、一か八かの勝負パスは、極力控 えるようになってしまった弊害もあるのだが。

「昔に戻ろうとは思わない。あのままで、サッカー選手として成功していたかも わからないし。好きに攻められたら楽しいけど、チームが優先ですから。それに、試 合に出してもらえなければ意味がないでしょう?」

現実と折り合いを付けながら、自分の居場所を見つけるのが小野流なのだろう。 古き良き時代の自分を懐かしがったりもしない。それでは成長が止まると思うから。

日本代表はジーコを新監督に迎え、2006年をめざす。

トルシエとジーコのアプローチは違う。自分のフレームに選手をはめ込むのが前 者なら、後者はまず「自由」を与え、選手たちに連係を探らせようとしている。マニ ュアルをこなすのは得意でも、応用力に欠ける人間にとって「自由」は苦痛であり、 不安にもなる。自己責任が伴うから。でも、小野はジーコとの出会いを歓迎してい る。

「ジーコさんは楽しみですよ。本当、自由にやってます。戦術に縛られるより、 自由にやらせてもらった方が、自分のアイディアが発揮できる」。ジーコの初陣だっ たジャマイカとの親善試合で、小野はゴールを決めている。「神様ジーコ」との出会 いが、「天才MF」と称賛された小野の才能を、覚醒するだろうか。

「4年後ですか? 自分でプレーが楽しめるように進化していれば最高ですね」

3度目のワールドカップとなるドイツ大会。小野伸二、26歳の夏である。


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