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Vol,29 呂比須「日本が好き」(29 Jun, 2004)

 ここ数年、W杯や五輪など大きな国際大会のたびに生まれる帰化選手たち。'98年フランスW杯のときには呂比須ワグナー氏が、'02年W杯では三都主アレサンドロが、そして'04年アテネ五輪を控えた今年、田中マルクス闘莉王が帰化し、「秘密兵器」「救世主」としてもてはやされました。

 帰化した彼らによって多くのものを日本は得ましたが、逆に日本は彼らに何を報いたのでしょうか? この「帰化問題」については、「フットボールニッポン」2004夏号にコラム(MY POINT OF VIEW)がありますので、興味のある方はぜひご覧ください。

 ここでは、コラム執筆に当たって取材させていただいた、呂比須氏インタビューの「ウラ話」をちょっとだけ公開します。

 呂比須氏は、もともとはブラジル時代にU-16、U-17代表で「カナリアのユニフォーム」に袖を通したことがあり、当時の夢はブラジルで活躍して、ブラジル代表としてW杯に出ることだったそうです。ただ、18歳のときに縁があって来日。そしてすぐに日本が好きになり、子供が日本で生まれたこともあって「自分も日本人になれれば幸せ」と思うようになったそうです。このときはまだ、「帰化しても代表で使ってくれるなんて思いもしなかった」そうで、「ただ、日本人になりたかった」だけでの帰化選択でした。
「サッカー選手として代表になるのはうれしいけど、日本人になれればそれでよかった」と話してくれました。また、「日本を好きだということをみんなに認めてほしかった」とも。

 ちなみに、呂比須氏が日本を好きになった大きな理由の一つが、あるタクシー運転手の存在だそうです。まだ来日間もなくのころで、日産FC(現横浜FM)と契約を交わした直後のこと。準備金を受け取って一時ブラジルに帰国する際にタクシーで成田空港に向かった呂比須氏は、タクシーを降りるときにうっかりお金の入ったバッグを忘れてしまい、空港でパスポートもお金もないことに気付いたそうです。もちろん宿泊していたホテルにあるはずもなく、1時間ほどその場で困っていると、そのタクシーの運転手がバッグを持って戻ってきてくれたそうです。お礼の気持ちと高速代として、呂比須氏が数百ドルを手渡そうとしたところ、この運転手は受け取らず、「また日本に帰ってきてほしい。日本はいい国だよ」と答えたとか。このときの感動が、日本を好きになる原因の一つなのだそうです。

 そしていま、呂比須氏は現役を引退し、家族の希望もあってブラジル・サンパウロに戻っています。ブラジルでは大学でコーチの勉強をしながら、サンパウロFCで(故障した足の)リハビリプログラムをこなし、現地の子供たちにサッカーを教えています。「帰化は正しい判断。マイナスだと思ったことは1%もない」「将来はJリーグで指導に当たりたい。いますぐにでも日本に帰りたい」という彼が、数年後には実際にJリーグで指導しているかもしれません。

(2004年6月30日 秋元)

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