第三関門 自著要約・書評 評価・東浩紀氏コメント

※注※ 総合評価は、自著要約の評価と書評の評価の単純な合計ではありません。

井上ざもすき

男性42歳
合否 :
評価 : 自著要約A/書評D/総合B
◎プロフィール
東浩紀氏コメント ゼロ年代的観光論。自著要約の完成度は高い。論旨は明確で啓蒙的、話題も一般的であり、これは単純に新書かなにかで出版すべき企画。というかぼくが読みたい。問題があるとすれば、第一関門からの課題を見るかぎりこの挑戦者の関心はかなり絞られているようで、どうもゼロアカ道場の目的「新時代を担う批評家育成」とは参加動機がずれているように見えることだ。しかし、そのうえでも、ぼくはこのような書籍企画が現れたことを道場主として嬉しく思う。
観光するオタク オタクする観光   井上 ざもすき

はじめに

 一般に観光は「楽しみのための旅行」と定義される。本書は観光の現状について、この「楽しみ」の部分に着目し、近年きわめて特徴的な観光行動・観光消費の諸相を点描することによって、現在=ゼロ年代後半の日本における消費文化の一端を把握することを企図している。特に「オタク」と呼ばれる消費集団が観光分野にも存在し、アニメーションやゲーム等、一般的「オタク」が趣味対象とするサブカルチャー群と同様な消費性向があることを中心に取り上げる。
したがって、本書をあえて分類すれば観光学・観光論の範疇に属することになろう。観光学は、固有のディシプリンを持つ学問ではなく、社会現象としての観光が内包するさまざまな問いに対して、様々な方法論から学際的に接近しその答えをだす学問である。それゆえ、同様に様々なディシプリンから接近が試みられている「オタク」論について、より深い考察ができるのではないかと期待する。そのことによって、本書は観光論ではありながら、結果として「オタク」論あるいは若年世代論としても成立することを目指す。
 本書は、3章から構成される。第1章では、マニアックな観光対象を愛でる旅行者がネットを介してつながっている状況や、「懐かしさ」をキーワードに新しい観光地が発見されていく様を取り上げ、サブカルチャーを観光対象とするよりも、むしろ観光そのものがサブカルチャー化している現状をレポートする。
 第2章では、既存の観光産業が、いかに「オタク」を顧客に取り込もうとしているかについての努力を紹介し、しかしながらその努力がニーズを捉え切れていないことを指摘する。
第3章では、「若者」が旅行に出かけなくなっているという統計上の事実についてその背景を理解した上で、前2章で取り上げた事例との関係性において、それがどのような意味をなすのか考察する。
なお、本書において「オタク」という語は、あまり深く考えずに「サブカルチャーに興味を持ち没頭する人々」という意味で用いる。さらに詳細に定義する必要がある場合には、その都度説明する。

第1章 「観光オタク」たち

「工場萌え」の認知
 二〇〇七年一一月に発表された同年の「ユーキャン新語・流行語大賞」の候補語六〇語において、最終的に対象に選定された「(宮崎を)どげんかせんといかん」「ハニカミ王子」と並び、「工場萌え」がノミネートされた。同賞は、「現代用語の基礎知識」を出版する機関にしては、決定的なセンスの悪さが広く指摘されているが、すでに四半世紀近くの歴史を経て、マスコミで大きく取り上げられるなど一定の権威を有している。ノミネートされた理由は「大規模プラントのフォト&ガイドブックが小ブレイク。「萌え」の対象としては異色のジャンルだが、ライトアップされた機能美溢れる鉄骨や配管にワクワクするのはロボット大好きな少年心にも通じるか」というもの。「小ブレイク」というあたりが微妙だが、一部の好事家のものとされていた「工場萌え」が一般にも認知されつつあるのみならず、「萌え」という語が非セクシャルなものと結びつくことが普通になっていることを裏付けることとなった。
 「小ブレイク」の契機となった大山顕著、石井哲写真による写真集「工場萌え」(東京書籍)が出版されたのは〇七年三月、三万部を超える売り上げを記録し、各媒体の書評で取り上げられた。同年八月一八日付朝日新聞夕刊では「『萌える』工場見学」と題して、「悪い景観の代名詞のように語られてきた工場地帯を見直すブームが起きつつある。林立する煙突や闇夜に浮かびあがるプラントにグッとくる。そんな心情を「工場萌え」と名付け、様々な工場の表情を切り取った写真集がヒット」と社会面に大きく紙面が割かれている。石井へのインタビューを基に、出版企画会議では内容がマニアックすぎて発行が疑問視されたこと、しかし出版にこぎつけると重版を繰り返し七刷、三万部を突破したこと、書店員の証言では偶然手に取って衝動買いする読者が多いことなど「静かなブーム」が広がるさまが描かれている。特に、SNS大手のミクシィ上のコミュニティ「工場・コンビナートに萌える会」参加者が八千人を超えていることが驚きをもって紹介されている。

「ワンダーJAPAN」の衝撃
 二〇〇五年一二月、「ラジオライフ」「もえたん」等で知られる株式会社三才ブックスから、「ワンダーJAPAN 1」が発行された。表紙に「フツーの旅はもう飽きた!」「日本の『異空間』探検マガジン」というコピーが躍っているように、一般には観光対象とは認知されていない施設等を探訪、紹介しているムック形式の雑誌である。掲載対象は、廃墟、擬似天守閣、不思議な神社仏閣、に加え前述の「工場萌え」など、通常は一般の観光客が訪れることがないものがほとんどであり、一般の観光ガイドブックに掲載されている施設もない。
 「ワンダーJAPAN 1」が特徴的なのは、取り上げられている対象の情報源が、もっぱらこうした対象を訪れることを趣味としている個人によって開設されたウェブサイトであること、さらに、記事のほとんどが当該ウェブサイトの開設者自身により執筆されていることである。給水塔や公園のタコ型すべり台の探訪など観光の範疇からあまりに逸脱している内容もあるが、記事からは執筆者=ウェブサイト開設者が自身の「楽しみ」のために旅行しているという点で、彼らが明らかに観光しているといえる。従来から観光学では特定の関心・興味に沿った旅行を「スペシャル・インタレスト・ツーリズム(SIT)」と分類しており、彼らの観光はSITの一種と位置付けることも可能であるが、一般に想定されているSITは、著名小説作品の舞台となった土地を訪ねたり全国の灯台を巡るようなもの、すなわち観光対象として一定の整備が行われている場を訪問することを想定しており、同誌において紹介されている場所とは全く異なっている。彼らが好んで訪問する場所をホスト側が察知して用意することはほとんど不可能であるし、可能だとしても採算割れ必至である。観光産業の努力が全く無効な観光者が少なくとも商業雑誌として成立するだけの数がいるということを知らしめた点で「ワンダーJAPAN」は、業界に衝撃を与えた。当初不定期刊であった「ワンダーJAPAN」は固定読者をつかんだと見られ季刊誌となり、2008年6月には「ワンダーJAPAN 8」が発行されると同時に姉妹誌「ワンダーWORLD」が創刊された。
 ところで、同誌に執筆しているウェブサイト開設者のひとりは、サイトのプロフィール欄において自らを「観光オタク」と称している。特定の趣味に没頭する様は、「オタク」の名にふさわしく、本書では彼らを「観光オタク」と呼ぶこととする。

「あやしい城」を巡る
 「ワンダーJAPAN 1」においてもっとも顕著に「観光オタク」ぶりが表れている例として、「城、のようなもの」として記事になっているウェブサイト「あやしい城」を取り上げる。
 「あやしい城」は、管理人D-one氏が2001年に開設したウェブサイト「城と写真と旅のページ」から派生したものである。当初D-one氏は、「城と写真と旅のページ」において城や城下町を訪問し、その記録を綴っていたが、訪問した城には、@建造当時から現存するもの、A再建されたものだが建造時の姿を忠実に復元したもの、B城が存在した事実はあるが場所や外観が当時とは異なっているもの、C歴史上の城に全く由来しない天守風建造物すなわち「あやしい城」、の4種が存在することに気づいた。そのうち、関心の対象が「あやしい城」へ移行し、「城と写真と旅のページ」の1コーナーに過ぎなかった「あやしい城」の内容は充実し、数百の「あやしい城」が紹介されている。例えば、ツッコミどころ満載の「あやしい城」東の横綱と評価する静岡県下田市にある個人経営の下田城美術館を訪問した記録として、江戸時代には当地に全く存在しなかった下田城が山の中腹という不自然な位置に建てられ、「城内」には隕石や甲冑や当地ゆかりの唐人お吉の蝋人形などのあやしい品々が展示されている状況を揶揄しながら紹介している。また、揶揄の対象は、そんな場所をわざわざ好んで訪れる自身にも向けられている。
こうした情報の充実に伴いサイト閲覧者は増加するとともに、BBSにおいて閲覧者からD-one氏未知の「あやしい城」情報が寄せられている。そして、これらの情報をもとに「あやしい城」を探訪するフォロワーも生まれている。さらに、リンク先のウェブサイトには、正統派城探訪サイト、同種の「あやしい城」探訪サイトに加え、「ワンダーJAPAN」で取り上げられている珍寺紀行サイトやB級観光スポット探訪サイトなど、他分野の「観光オタク」と繋がっており、これらの多くは相互リンクになっている。

ネットでつながる「観光オタク」たち
 「ワンダーJAPAN 1」掲載の「観光オタク」ウェブサイトの典型例として「あやしい城」を俯瞰したが、こうした「観光オタク」が創るウェブサイトに共通して見られる傾向として、データベース消費モデル的二次創作が行われていること、「あやしい城」や「萌える工場」探訪者といった狭い分野の「観光オタク」と、広く各分野を横断する「観光オタク」の両者に、ウェブサイトを介したコミュニティが形成されていることが確認できる。
 「あやしい城」探訪のような特殊な観光対象を訪れる旅行は、以前から行われていたはずだが、その行為を広く周知する方法を持たないため、同じ趣味を持つ者と出会い交流する機会は限られ、各々が個人的な趣味として細々と行われてきたはずである。かつて、赤瀬川原平「超芸術トマソン」に代表される路上観察(他に南伸坊「ハリガミ考現学」、とり・みき「街角のオジギビト」などが書籍化)は、社会一般には理解しがたい事物を訪ね歩くという点で、「観光オタク」の活動と極めて近似しているが、当初は、小説家・漫画家・編集者など自身の表現媒体を有する者にのみ可能な「遊び」であった。「ワンダーJAPAN」掲載の「観光オタク」たちが直接に影響を受けたと思われる、日本各地に散在する秘宝館や村おこし施設など悪趣味なB級スポットを追った都築響一の写真集「ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行」(1997年度木村伊兵衛写真賞受賞)もしかりである。
その状況がインターネットの普及により一変した。自身の近くに同様の趣味を持つ者がいる可能性が低い特殊な趣味であるからこそウェブサイトの活用によって、同行者と交流する機会が生じ、それによって新たな「楽しさ」が生成されるようになったと考えられる。森川嘉一郎が指摘したように、こうしたテレコミュニケーション網の発達に伴う地縁・血縁に依らない趣味や関心の共通性に基づいたコミュニティの形成をコミュニティ・オブ・インタレストと呼び、そうした集団の重要性は今後も増してくるだろう。

レトロ観光地を楽しむ「街歩きオタク」
 ここで、趣向を変えもう少し本来のものに近い観光を楽しむ「オタク」たちを取り上げたい。秋山綾(2005)は、「観光地ではない町に足を運び,商店街や住宅地での買い物などを通じて,新しい観光地として日常生活空間を楽しむ」ことを愛好する者達を「街歩きオタク」と呼び、彼らの観光行動は、「物語消費」の視点で説明できるとした。さらに「「街歩きオタク」は、日常生活空間である町」から「想像力により「街」という「小さな物語」を「二次創作」することにより、「街」の背景に存在する「大きな物語」に近づこうとする過程を楽しむ」ことを指摘した。こうして「街歩きオタク」によって発見された新しい観光地が東京都新宿区の神楽坂や、文京区と台東区にまたがる谷中、根津、千駄木のいわゆる「谷根千」である。
 さらに、同様のロジックで、現在は廃れたかつての典型的観光地である熱海、別府、戸倉上山田温泉などを訪れ、設備投資ができずに結果的に「古き良き昭和」の風景が保存されている状況や廃墟と化したかつての名旅館などをメタ的に楽しむ「街歩きオタク」も存在する。
 こうした「街歩きオタク」や前述の「観光オタク」は、ディスティネーションの設定から「楽しさ」の見出し方まで観光者=消費者がイニシアティブを握り、既存の観光産業では対応できないことが特徴的である。

第2章 オタク化する観光産業

「どうしようもないこの国がどうしようもなく楽しい」
 「どうしようもない〜」は、2008年3月に発行された「もえるるぶ COOL JAPAN オタクニッポンガイド」(JTBパブリッシング刊)の表紙コピーである。海外からはCOOLと称賛されつつも国内的にはいろいろな意味で「どうしようもない」日本のオタク系文化をうまく象徴している。
 同書は、コスプレ・メイド・コミケ・アイドル等をキーワードに、秋葉原・池袋・中野などの東京圏をはじめ、大阪・名古屋・仙台のオタクショップを紹介するガイドブックであり、あわせて、鉄道・ミリタリー・工場・高速道路のジャンクションなどを「非萌えな世界」として著名スポットを取り上げるとともに、「らき☆すた」「ひぐらしのなく頃に」「新世紀エヴァンゲリオン」等のモデルとなった土地を案内する「聖地巡礼」コーナーにより構成されている。タイトルから分かるとおり国内最大のタイトル数を誇るガイドブックシリーズである「るるぶ情報版」の姉妹編として発行されており、2005年発行の「もえるるぶ東京案内」をその嚆矢としている。
 掲載されている情報は、それを趣味とする者にとってはほとんど既知の内容で、そうでない者にとっては全く興味のないものである。ただし、地方から上京して目当ての店を訪ねる際の実用書としてはきわめて有効であり、2008年6月現在、都内の書店ではいまだに初版が販売されている一方で、ネット販売では好調な売り上げを記録している。

埼玉ちょーでぃーぷな観光協会
 前述の「らき☆すた」のモデルとされる埼玉県鷲宮町の鷲宮神社は、「もえるるぶ」で取り上げられる以前から「聖地巡礼」に訪れるものが多かった。これを地域振興の起爆剤にするため、町や商工会では、特別住民票の発行やスタンプラリーの実施などに取り組んでいる。同様に隣接する幸手市でもキャラクターが描かれた共通商品券の発行やストラップの販売に取り組んでいる。鷲宮神社の2008年の初詣客は県内3位の約三十万人を記録し、両自治体における半年間の経済効果は約7000万円と発表されるなど成果を上げている。
 2008年4月からは、埼玉県産業労働部観光振興室にでぃーぷ担当が設けられ、「埼玉ちょーでぃーぷな観光協会」と称するサイトが設けられ、オタク系コンテンツのうち県内が舞台となっているアニメ作品、県内でロケーションが行われる特撮作品等のゆかりの地を紹介している。開設2ヶ月で10万アクセスを記録したが、アニメ括りで、「らき☆すた」と「鉄腕アトム」を同列に扱うなどのお役所的な対応が一部のウェブサイトなどで批判を受けている。

ピンクコンパニオンと「萌えイラスト」
 近年のスポーツ新聞に掲載されている関東近県や北陸地方の旅館広告には、俗にピンクコンパニオンと呼ばれる女性による露骨なサービスを売りにしているものが多い。ある広告では「宴会VS艶会」と称して「厳選ノーマルコンパ(ミニスカーツ二次会変身)」と「シースルーコンパ(スケスケ衣装・セクシー・・・)」のいずれかのコースを選択できることを強調している。ここで用いられているのがアニメ風萌えイラストである。これは、実際の女性の写真が何らかの事情で使用できないのか、こうしたイラストに「萌える」人をターゲットにしているのか不明であるが、後者であるならば女性の直接的なサービスを忌避する傾向との齟齬が問題となる。なお、実際のサービスの内容も筆者は体験したことがなく不明である。

アド街からモヤさまへ
 テレビの旅番組は、視覚的に観光地の楽しさを知らしめ観光者をその地へ動員するのにきわめて有効な媒体である。創成期の「兼高かおる世界の旅」(TBS系)や「素晴らしき世界旅行」(日本テレビ系)など日本人はまず行く機会のない世界各地を訪問してレポートした時代、70年代以降の「遠くへ行きたい」(日本テレビ系)や「新日本紀行」(NHK)など日本の比較的地味な地域を訪れその魅力を伝えていった時代など、当然のことながら時代背景に適応した番組が制作されてきた。
 近年では、「ぶらり途中下車の旅」(日本テレビ系)や「いい旅夢気分」(テレビ東京系)、純粋な旅番組ではないがそれに類するものとして「出没!アド街っく天国」(テレビ東京系)など、事前の入念なリサーチに基づき(ハプニングを装いつつも)予定調和で必要な情報をそのうち自分も行くかもしれない視聴者に伝えるものが主流であった。
しかし、最近注目されているのは、そうした予定調和を排除した行き当たりばったり系の番組である。「ちい散歩」(テレビ朝日)は、俳優地井武男がおもに東京近郊の必ずしも観光地ではない鉄道駅周辺を散歩し、商店街や地域の人々と会話を楽しむ平日午前中に放送される番組である。番組ホームページでは「散歩の楽しみ方、散歩のお勧めコースをお茶の間の皆さんに紹介する番組です。この番組を見て皆さんもさあ!散歩に出かけて、自分だけの楽しみを見つけましょう!」と紹介されている。
 一方、「モヤモヤさまぁ〜ず2」(テレビ東京系)は、「ちい散歩」と同様にさまぁ〜ずと同局の大江アナウンサーが、「ただの街をぶらぁ〜りと歩き、地域住民と触れ合いながら街を活性化させる、全く新しい形の地域一体型のゆる〜い街歩きバラエティ(番組ホームページより)」である。取り上げられる街は、北新宿、北赤羽、裏合羽橋、東北沢等の繁華街に隣接する地味な地域が選択され、一地域2〜3回程度(1回30分)で買い物(駄菓子屋やおもちゃ屋が多い)や食事を挟みながら淡々と街を歩いて感想を述べたり変なものにツッコミを入れるだけで番組は進行する。「街を活性化させる」とホームページには記載されているものの番組内容からはそのような意図は感じられない。しかし番組で取り上げられた、1回千円で何が出てくるか分からない「お宝自動販売機」(無名ブランドの腕時計やサングラスなどが出てくる)は「観光オタク」たちの間で話題となり、港区神谷町のネジ専門店で売られていたファンシー商品「ねじキューピー」は新商品販売日には行列ができ、即日完売する様子が新聞報道されるなど実際に「活性化」された例も見られる。
 「ちい散歩」と「モヤモヤさまぁ〜ず2」に共通するのは、前章で紹介した「街歩きオタク」と同様に、すでに存在している街の魅力を紹介するのではなく、自らイニシアティブをとって街を歩き、面白いものを発見していく姿勢である。

第3章 ゼロ年代とそれ以降の観光

観光しない若者たち
これまで、2章にわたって近年の観光におけるオタク的な傾向を断片的ながら俯瞰した。しかし、統計上はこれらの事例はむしろ例外的であり、若年層が観光旅行そのものに出かけない傾向がうかがえる。
社団法人日本観光協会が毎年実施している「国民の観光に関する動向調査」では、1年間で宿泊を伴う観光レクリエーションに参加した割合は、20歳代男性が1994年の63.5%から2005年には38.4%へと激減している。20歳代女性も66.5%から57.5%へと減少している。他の年代が微増または微減傾向であるのとは対照的である。また、株式会社JTBのシンクタンクの一つである財団法人日本交通公社が2007年8月に発表した「旅行者動向2007」においても、同様の傾向が見られる。同書では、アンケートで旅行好きと回答した人に着目し、宿泊をともなう旅行の全体回数は減少している中で、彼らに限っては年3回以上の旅行へ出る割合が高まっており、さらに1回あたりにかける費用が相対的に高いこと、また彼らは子ども時代に豊富な旅行体験を持っていたことを報告している。
 2008年6月1日に放送された「久米宏・経済スペシャル“新ニッポン人”現わる!」では、団塊ジュニア世代と新人類ジュニア世代の中間に位置する20歳代を「新ニッポン人」と名付け、「車を持たない」「飲み会で『とりあえずビール』とは言わない」「将来の不安に備えて貯金する」「ボランティアや環境問題に関心が深い」などとともに「旅に出かけない」ことを彼らの世代的特性として挙げた。ワーキングプアなどの社会構造の問題をほぼ無視するなど荒っぽい展開ではあるが、一定の説得力を視聴者に与えた。
 統計からは、20歳代の特に男性が観光しない傾向が顕著である。単純に考えると「観光オタク」などの例外を除くいわゆる狭義の「オタク」たちが、旅に出ずに引き込もっているという印象が浮かぶ。
ただし、セカンドライフやハボホテルなどネット上のヴァーチャルな空間におけるコミュニケーションが、実際の観光の代替行動となっているわけではないだろう。

ファスト風土‐ヤンキー‐地元つながり
 オタクたちが旅に出ないならば、一方のヤンキーはどうか。二分論で語るには無理があるのを承知で考えてみたい。
かつてナンシー関が「日本人はファンシーとヤンキーで構成される」と喝破したとおり、東京ディズニーリゾートでヤンキー系と思われる訪問者に遭遇する確率が高いことをみな経験している。しかし、それも過去の光景になろうとしている。
 速水健朗「ケータイ小説的。」は、表題のとおり、ケータイ小説がなぜ売れているかについてその文化的背景を明らかにしたものだが、主要な作品の多くが地方都市を舞台としており、東京をはじめとする地名がほとんど表れないことを指摘している。
それを支える読者層が「ファスト風土」化された地方都市のTSUTAYA等のロードサイド型書店、あるいは大都市郊外の駅近くに立地するショッピングモール内の大型書店に出入りする少女たちであるとした。
さらに速水は、彼女ら(同じ地域に住む彼らも含む)は、「地元つながり文化」「『東京に行かない』感覚」「『電車に乗らない』感覚」を共通して有しており、90年代末に一度は廃れたヤンキーの文化が携帯電話によって再び「つながり」を取り戻したことによって構成された「再ヤンキー化」「ヤンキーの聖地回復(レコンキスタ)」が起こっていると主張する。
この論を是とするならば、「再ヤンキー」たちは、地元で仲間とのつながりを維持しながら腰を落ち着けて生活することを望み、都会で一旗揚げることはおろか、短期間の旅行に出ることさえ志向していないことになる。
したがってヤンキーさえも積極的に旅に出るという文化はほとんど存在しないことになる。

結び それでも観光は楽しい
若者が旅に出ない現実。彼らが年齢を重ねるにつれて観光するようになるならば問題はないが、このままでは緩やかかつ確実に観光産業は衰退に向かう。それを穴埋めすることになるのが、政府が躍起になっているインバウンド=外国人旅行者の受け入れということになるだろう。
筆者は現在、観光振興に責任を持つ立場にはなく、観光産業の行く末がどうなるかについてさほどの関心がない。ただし、人一倍観光を楽しんできた者として、日本人が観光を楽しむことが少なくなる環境となることを望まない。
18世紀のイギリス貴族階級子弟の「グランド・ツアー」はフランスやイタリアを長期にわたり旅行し、教養を身に付けた。そんな時代まで遡らなくても、観光は、単純に非日常の「楽しさ」を享受することができるだけでなく、異文化交流によるコミュニケーションスキルの向上、他者のまなざしを受けることによる自己理解の深化など様々な意義が認められる。そして観光交流が活発になることにより経済・雇用効果も発生する。これらは、現代社会が抱えている諸問題、ひきこもり、メンヘル等の個人の問題、非正規雇用をはじめとする格差社会等の社会問題から国際紛争まで、これらを解決する手段とまではならないが、一定の効用をもつ処方箋とはなるはずである。日本人、特に若い世代が観光を「楽しむ」文化が維持される状況を強く望む。
以上を観光産業論的に換言すれば、すでに、観光地Aのライバルは、観光地Bではなく、「観光しないこと」である。これに対応するもっとも単純かつ有効な施策は、強制的に観光させられるシステムを社会的に構築することである。手っ取り早いのは、先進国中唯一批准していないILO(国際労働機関)の一三二号条約「休暇は最低三労働週とし、二週間は連続休暇を付与すること」を批准することだろう。

本書は、もっと冷静かつメタ的にわが国の観光の現状を批評するつもりであったが、執筆中に起きたさまざまな出来事を受けて、陳腐かつ教条主義的アジテーションで本書の結論とする。「書を捨てよ、町へ出よう」

【参考文献等】
秋山綾(2005):「物語消費」型観光への基礎的考察.日本観光研究学会全国大会学術論文集,20,

速水健朗(2008)「ケータイ小説的。」原書房

岡本伸之編(2001)「観光学入門」有斐閣

  WAMI「工場萌えな日々」
 (http://d.hatena.ne.jp/wami/)

荒川聡子「動物園,B級SPOT大好き!」
 (http://www.d4.dion.ne.jp/^arakawas/)

D-one「あやしい城」
 (http://www.interq.or.jp/leo/d-one/jc020.html)

書評
 若い奴らが旅に出ない。したがって観光旅行がいずれ滅びるそうだ。時代劇や演歌みたいなものか。ジャンルとして決して無くなりはしないが、徐々に縮小していくイメージ。
 取り上げられている事例はよくわからない。「工場萌え」はブレードランナーみたいなものか。
あと、仕事で行った大阪のPLタワーもそういうものだろう。もしも岡本太郎が東京タワーをつくったら、みたいな前衛的な塔に萌える気持ちは分かるといえば分かる。
 翻って我が身を思えば、最近旅していない。全くしていない。
 しかし、若いころは旅に出た。金もないのに。
* * * * *
 大学2年の夏、危うく飲んでしまうところであった金で切符を買い、友人に誘われるがままに北海道へ向かった。
手にしていたのは、北海道均一周遊券。当時は、飛行機で渡道することは普通ではなく、当然、青函トンネルもなかった。
上野駅で3時間並び座席を確保した夜行急行「八甲田」が、青森駅に着く。
連絡船の桟敷からは竜飛岬は見えなかった。酒と船に酔って寝ていたせいである。
差別的なコトバで形容されたユースホステルやススキノのサウナ、駅の待合室に泊まりながら、金と時間と切符の有効期限が尽きるまでかの地の空気を吸った。
最後に訪れたのは、当時全く観光地ではなかった霧多布。ただ名前に惹かれた。
そんな理由で目指した割にはとてつもない苦労を要し、ヒッチハイクを重ねてたどり着いたその岬は霧に覆われていた。
帰りは駅まで約15キロの道のりを歩くしか無く、終列車に間に合わせるために近道をしようと湿原へ迷い込んだ。
ツツガムシだった。帰京後高熱に倒れ2週間の入院加療を要したが、致死率30%のツツガムシ病からの生還を果たした。
  * * * * *
 社会人3年目、一端のギャンブラー気取りで休みのたびに旅打ちに出かけていた。
このときの標的はオグリキャップ輩出前の岐阜県笠松競馬場。
木曽川の河原にある「ザ・地方競馬」的なところだ。
 駅を出て、名鉄の線路をくぐる短いトンネルの中で正業に就いているとは思えないオヤジに声をかけられた。
「馬主からのとっておきのネタがあるよ」
 「・・・・・」
 チラチラと見せられた紙片にはいくつかの数字らしきものがガリ版刷りで書かれていた。
 ほぼ一方的なやりとりの後、一部でも見てしまった以上、その紙を買わなくてはならない状況に追い込まれていた。
 見ると紙片の端には「定価2万円」の文字。
「特別にもう1万円置いとってくれんかな」
目が笑っていなかった。旅人用特別価格らしい。
「絶対」と言われたその馬券は案の定当たっていた。ただし、連複断然の一番人気で2倍にもならない新聞を見ればだれでも買えるモノであった。この馬券で儲けを出すにはその時点での持ち金が少なすぎた。
岐阜で豪遊という計画は潰え、新幹線に乗らず鈍行で帰るか、宿をキャンセルし名古屋名物サービス満点の喫茶店で一夜を過ごすかというシビアな二者択一が待っていた。
* * * * *
 ひどい目にあった話を書き連ねているようだが、決して悪い思い出ではない。むしろ楽しかったと鮮明に記憶している。
帰れる場所を持ちつつ一時的に異邦人となる経験は、人を間違いなく成長させる。私のように。
* * * * *
 ということで、筆者が述べていることはさっぱりわからないが、結論には賛同する。
かわいい子には旅をさせよ。
 ありだと思う。
  『SIGHT』掲載