このひとこと!

2012年4月13日
人の悪を見ることなく、人の美を認むることを忘れてはならぬ。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2012年4月1日
わが一生の一大事この瞬間にありと考えて、事上磨練に精進しなければならない。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2012年3月15日
体験は最後の決勝点だ。百の疑問も一の体験によってたちどころに解決する。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2012年3月1日
いつか自分の子供や孫に話そう。「おばあちゃんが若かった時、東日本大震災があって世界が1つになった。皆が一つのために必死になって支えあって輝いていたんだよ」って。
相手が聞き飽きるまで話そう。だから1人でも多くの人に元気になってほしい。
『PRAYFORJAPAN 3.11世界中が祈りはじめた日』より

2012年2月15日
学ぶ、思う、行う、この三つの為に時間と労力とを適当に配分することを考えたい。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2012年2月1日
責任感が人を高める。仕事が人を作る。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2012年1月13日
成功不成功は、多くの場合仕事の如何よりも、真剣如何である。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2012年1月1日
講談社の三大社是――渾然一体・誠実勤勉・縦横考慮

2011年12月15日
信用は無限で、資本は有限だ。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2011年12月1日
仕事をするには、その仕事の完結はどこにあるかということが、始終念頭になければならない。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2011年11月15日
すべて模倣では直ぐ行詰るが、工夫には行詰りがない。ただ研究と工夫とに依ってのみ、創意が生れる。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2011年11月1日
「反対観念」それを突き合わせてみることによって、はじめて事物の実相、核心が看破し得られる。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2011年10月15日
何事に当たっても、どんな場合でも、「求むる心」「得る力」が自分になければならない。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2011年10月1日
積極必ずしも危険ならず、消極必ずしも安全ならず。
──野間清治の言葉(初代社長の著書『私の半生』 昭和11年刊より)

2011年9月15日
大いに議論を戦わすべし。然れども狂すべからず。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2011年9月1日

あなたは、女です。

あなたには、持って生まれた丸くてやわらかい体があります。
持ってうまれたやさしさ、ソフトさがあります。
そうです。せっかく女に生まれたんだもの、
女のすべてを体験してしまおうじゃありませんか。

いま、
これまでのどの時代よりも、多くの扉が女性の前に開けています。
どの扉をあけるかはあなたの自由です。
ひとつといわず、三つあけても四つあけてもいいのです。
いつでも、どんなことでも、あなたは磨かれているのですから。

私たちの雑誌は
カルチャー・マガジンをめざしています。

『with』(1981年10月号)創刊の言葉

2011年8月1日
世の中を楽しくみることのできない人は、人と交わっても具合が悪い。 世の中に立って何事をしても判断を誤る。そのために、こうすればよいのに、ああいう風にしてしまう。わざわざ脇道へ行ってしまう。実にお気の毒である。
──野間清治の言葉(初代社長の著書『栄えゆく道』昭和7年刊より)

2011年7月15日
興味なくしてその仕事をしているということは、それは興味ある人の、ほとんど半分あるいは四半分しか仕事をしておらぬ自分であるということを思わねばなりません。
──野間清治の言葉(初代社長の著書『栄えゆく道』昭和7年刊より)

2011年7月1日
世の中は変化だ、変化がなければ進歩はない。変化は進歩の道標である。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2011年6月15日
一心不乱に心の奥まで掘っていくならば、工夫して研究していくならば、そこに神様がいて、明らかにこのことはこうしたらよいとか、ああしてはいかぬとか知らせてくださる。我の本当の精神、神に通じるの道がここにあるので、必ずしもあっちこっち飛び回るには及ばない。我が心を掘ることが、外国に学ぶよりも肝心なことであるなどと考えるようになりました。
──野間清治の言葉(初代社長の著書『栄えゆく道』昭和7年刊より)

2011年6月1日
嫌だと思う仕事も、一心不乱になってやっていれば大概好きになり、不適当だと思った仕事も、工夫を凝らして熱心にやれば、必ず立派にでき、従って興味も出てくるに違いない。
一概にそう言えぬまでも、適不適の迷いを生じたる場合は、それを決定する前に、まずもって多大の忍耐力と堅忍不抜の精神が必要である。
成功不成功は、多くの場合仕事の如何よりも、真剣如何である。
──野間清治の言葉(初代社長の著書『栄えゆく道』昭和7年刊より)

2011年5月13日
才が外にちらつく間は、人の信用は得られるべきものではない。
いったい才が外に金歯のごとくピカッとちらつくのは、才を第一としている証拠で、修養の至らざるを示しているわけであります。
才はもとより大切なものに相違ありませんが、徳を第二として、才を第一に頼ることは、この上もない大間違いで、断じて大人物にはなれません。
才は徳によって初めて輝く、悪人の才はその悪を大ならしめるものであります。
──野間清治の言葉(初代社長の著書『栄えゆく道』昭和7年刊より)

2011年4月28日
金銭というものは、人類の幸福のために使うように、神様からお預かりしているのである。
──野間清治の言葉( 初代社長の著書『私の半生』 昭和11年刊より)

2011年4月15日
希望が胸に湧けば、心の病気も体の病気も逃げてしまいます。
──野間清治の言葉( 初代社長の著書『栄えゆく道』 昭和7年刊より)

2011年4月1日
何事に当たっても、どんな場合でも、「求むる心」「得る力」が自分になければならない。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2011年3月15日
書物からまったく離れて生きるのはむずかしいことです。百年ばかり昔、アンドレ・ジッドは自分にむかって「すべての書物を捨てるべし」と命じながら、パリからアフリカへ旅立ちました。旅の荷は軽くなかったようです。ひそかに書物をたずさえていたからでした。ジッドのように意地を張らず、書物とともに世界を旅して、いらなくなったら捨てていけばいいのではないでしょうか。

現代は、星の数ほどにも本の書き手が見あたります。読み手と書き手がこれほど近づきあっている時代はありません。きのうの読者が、一夜あければ著者となって、あらたな読者にめぐりあう。その読者のなかから、またあらたな著者が生まれるのです。この循環の過程で読書の質も変わっていきます。人は書き手になることで熟練の読み手になるものです。

選書メチエはこのような時代にふさわしい書物の刊行をめざしています。
フランス語でメチエは、経験によって身につく技術のことをいいます。道具を駆使しておこなう仕事のことでもあります。また、生活と直接に結びついた専門的な技能を指すこともあります。

いま地球の環境はますます複雑な変化を見せ、予測困難な状況が刻々あらわれています。

そのなかで、読者それぞれの「メチエ」を活かす一助として、本選書が役立つことを願っています。

一九九四年二月
野間佐和子
「講談社選書メチエ 刊行の辞」より

2011年3月1日
未熟な時ほど相手に好き嫌いが多い。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2011年2月15日
これは、学術をポケットに入れることをモットーとして生まれた文庫である。学術は少年の心を養い、成年の心を満たす。その学術がポケットにはいる形で、万人のものになることは、生涯教育をうたう現代の理想である。

こうした考え方は、学術を巨大な城のように見る世間の常識に反するかもしれない。また、一部の人たちからは、学術の権威をおとすものと非難されるかもしれない。しかし、それはいずれも学術の新しい在り方を解しないものといわざるをえない。

学術は、まず魔術への挑戦から始まった。やがて、いわゆる常識をつぎつぎに改めていった。学術の権威は、幾百年、幾千年にわたる、苦しい戦いの成果である。こうしてきずきあげられた城が、一見して近づきがたいものにうつるのは、そのためである。しかし、学術の権威を、その形の上だけで判断してはならない。その生成のあとをかえりみれば、その根は常に人々の生活の中にあった。学術が大きな力たりうるのはそのためであって、生活をはなれた学術は、どこにもない。

開かれた社会といわれる現代にとって、これはまったく自明である。生活と学術との間に、もし距離があるとすれば、何をおいてもこれを埋めねばならない。もしこの距離が形の上の迷信からきているとすれば、その迷信をうち破らねばならぬ。

学術文庫は、内外の迷信を打破し、学術のために新しい天地をひらく意図をもって生まれた。文庫という小さい形と、学術という壮大な城とが、完全に両立するためには、なおいくらかの時を必要とするであろう。しかし、学術をポケットにした社会が、人間の生活にとってより豊かな社会であることは、たしかである。そうした社会の実現のために、文庫の世界に新しいジャンルを加えることができれば幸いである。
一九七六年六月
野間省一
「講談社学術文庫の刊行に当たって」より

2011年2月1日
会議中の沈黙は罪悪だ。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2011年1月14日
太陽と水と土のめぐみをうけて、葉をしげらせ、花をさかせ、実をむすんでいる森。小鳥や、けものや、こん虫たちが、春・夏・秋・冬の生活のリズムに合わせてくらしている森。森には、かぎりない自然の力と、いのちのかがやきがあります。
本の世界も森と同じです。そこには、人間の理想や知恵、夢や楽しさがいっぱいつまっています。
本の森をおとずれると、チルチルとミチルが「青い鳥」を追い求めた旅で、さまざまな体験を得たように、みなさんも思いがけないすばらしい世界にめぐりあえて、心をゆたかにするにちがいありません。
「講談社 青い鳥文庫」は、七十年の歴史を持つ講談社が、一人でも多くの人のために、すぐれた作品をよりすぐり、安い定価でおおくりする本の森です。その一さつ一さつが、みなさんにとって、青い鳥であることをいのって出版していきます。この森が美しいみどりの葉をしげらせ、あざやかな花を開き、明日をになうみなさんの心のふるさととして、大きく育つよう、応援を願っています。
昭和五十五年十一月
講談社
「講談社 青い鳥文庫」刊行のことば

2011年1月1日
一日の長さは時間ではない。真剣の分量である。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2010年12月15日
激動の転換期はまた断絶の時代である。
われわれは戦後二十五年間の出版文化のありかたへの深い反省をこめて、この断絶の時代にあえて人間的な持続を求めようとする。いたずらに浮薄な商業主義のあだ花を追い求めることなく、長期にわたって良書に生命をあたえようとつとめるところにしか、今後の出版文化の真の繁栄はあり得ないと信じるからである。

同時にわれわれはこの綜合文庫の刊行を通じて、人文・社会・自然の諸科学が、結局人間の学にほかならないことを立証しようと願っている。
かつて知識とは、「汝自身を知る」ことにつきていた。現代社会の瑣末な情報の氾濫のなかから、力強い知識の源泉を掘り起し、技術文明のただなかに、生きた人間の姿を復活させること。それこそわれわれの切なる希求である。

われわれは権威に盲従せず、俗流に媚びることなく、渾然一体となって日本の「草の根」をかたちづくる若く新しい世代の人々に、心をこめてこの新しい綜合文庫をおくり届けたい。
それは知識の泉であるとともに感受性のふるさとであり、もっとも有機的に組織され、社会に開かれた万人のための大学をめざしている。大方の支援と協力を衷心より切望してやまない。

一九七一年七月
野間省一
──「講談社文庫刊行の辞」より抜粋

2010年12月1日
雨の日、風の日、訪問日和。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

2010年11月15日
講談社が出版の仕事をはじめてから、2009年で100年になります。
この100年を、さらにつぎの100年につなげていくために、私たちはこの本を作りました。
春秋に富む、という言葉があります。芽吹きの春と、実りの秋、これからそんな豊かな季節をたくさん過ごすであろう、若い人たちにむけた言葉です。
みなさんにも、豊かな未来や、大きな可能性があります。それは、これからいろいろな経験をしていくなかで、世界にはさまざまな人たちがいて、いろいろなことを思い、考え、夢見て生きている、ということを知っていくことでもあります。
そんなとき、みなさんの味方になってくれるのが、「言葉という力」だと、私たちは思います。それは、自分の思いを相手に伝え、また、相手の思いを受け止める、人間だけが持つすばらしい力です。そして、それこそが、本の中に広がっているものです。
「春秋に富んだ」みなさんが、これからさらに世界を広げ、心を豊かにしていかれることを、私たちはこの本を通して願っています。
──児童局から刊行された「書き下ろし100冊」のあいさつ文「この本を読んでくれたみなさんへ」より

2010年11月1日
「面白くて為になる」は本社の大目標である。これは総てのことに通じ、何事にも応用される。
──野間清治の言葉(初代社長の著書・言葉より抜粋)

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講談社BOOK倶楽部 野間清治と創業物語