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文芸評論としての『ゲーム的リアリズムの誕生』 東 浩紀 2007年4月号


『ゲーム的リアリズムの誕生』
 この三月に講談社現代新書から『ゲーム的リアリズムの誕生』を上梓した。二〇〇一年に同じ現代新書で出版した『動物化するポストモダン』の続編にあたり、前著が「オタクから見た日本社会」を主題としていたとすれば、今度はいわば、「オタクから見た日本文学」を主題とした本である。「文学」といっても、芥川賞受賞作やベストセラーの一般小説ではなく、「ライトノベル」や「美少女ゲーム」といった、いささか特殊な消費者を相手にした作品を対象としているので、慣れない読者には違和感があるかもしれない。しかしそれでも、一読していただければ、本書が日本文学のある側面を扱っていることはわかるはずだ。
 前著の『動物化するポストモダン』は、ポストモダン論の枠組みで戦後日本のサブカルチャーを位置づけた本として、現代思想や社会学に興味がある人文系の読者とともに、普段は思想書など読まない、若い世代のオタクにも広く読まれた。前著の出版から五年以上が経ち、ウェブに活発な議論の空間が生まれるなど、人文系読者とオタクたちの距離はかなり近づいている。したがって、『ゲーム的リアリズムの誕生』も、まずは社会学やオタク評論の文脈で、二〇歳代の読者に読まれるだろう。実際に本書は、そのような読者を強く意識して書かれている。
 しかし本書には、もうひとつの側面がある。筆者はもともと、一九九三年に文芸評論家としてデビューし、一九九〇年代末には文芸誌で連載したこともあった。本書は、そのような筆者が、もし、二〇〇〇年代のいま、伝統的な文芸評論とは別に、オタク評論やネット社会やブログ論壇を前提として、新たに「文芸評論的な思考」を立ち上げるとしたらどのようなものになりうるのか、その疑問に答えるために書き下ろした書物でもある。文芸誌の読者と筆者の読者はかなり離れているし、またそれは筆者の最近の仕事から考えると当然なのだが、この点で、本書だけは、できれば純文学や文芸評論の読者にも感想を訊いてみたいと思っている。
 そこでここでは、『ゲーム的リアリズムの誕生』を文芸評論として読むときにヒントになるかもしれない、ひとつの視点を記しておきたいと思う。それは、本書と、柄谷行人が一九八〇年に出版した古典的な文芸評論、『日本近代文学の起源』の関係だ。
『ゲーム的リアリズムの誕生』の大枠は、大塚英志の議論のうえに立てられている。大塚は、現代日本の小説には、「自然主義的リアリズム」に導かれる純文学と「まんが・アニメ的リアリズム」に導かれるキャラクター小説(ライトノベル)の二種類があると論じた。後者は一九七〇年代に誕生し、以後着々と勢力を拡大し、いまや市場に無視できない影響を与えている。『ゲーム的リアリズムの誕生』は、この認識を前提としたうえで、その「まんが・アニメ的リアリズム」の内容について、理論的に語ろうと試みた書物でもある。
 ところで、大塚はその「まんが・アニメ的リアリズム」が開くキャラクター表現について、それは自然主義文学が抑圧した可能性の回帰だとも述べている(大塚はそのような表現は用いていないが、そう解釈できる)。自然主義文学が明治期の日本が作り出した仮構物であり、その誕生では多くの可能性が抑圧されたという主張は、柄谷が『日本近代文学の起源』で展開した議論を思わせる。文芸評論の世界では、柄谷と大塚の文章が並べられて論じられることはほとんどない。しかし、筆者はこの点で、大塚が『キャラクター小説の作り方』そのほかで行っている議論と、柄谷の文学批判は、一直線に繋がるものだと考えた。
 それは実際に、時期的な点では符合している。大塚によれば、まんが・アニメ的リアリズムの小説への侵入(キャラクター小説の起源)は、一九七七年、SF作家の新井素子のデビューに遡る。実はこれは、まさに柄谷が『日本近代文学の起源』の原稿を発表し始めた時期にあたり、また、仲俣暁生が注目するように、のち吉本隆明が「ポップ文学」と名づけることになる新しい作家たちが続々と出現した時期にもあたる。いままでの文芸評論でこの同時性が注目されたことはほとんどなかったが、もし、「純文学」を支える「自然主義」「私小説」のフレームが人工物であり、その力が一九七〇年代に入って急速に衰えていったのだとすれば、その衰えが、エンターテインメントの世界では新しい感性(ライトノベル)の出現として現れ、純文学の世界では「ポップ文学」の台頭として現れ、そして批評の世界では柄谷の原理的な仕事を要請したと捉えることは、理に適っているように思われる。
 そして、もしこのような文学史的な整理が妥当だとすれば、柄谷行人という批評家の位置づけもまた大きく変わることになる。よく知られるように、柄谷はポップカルチャーやサブカルチャーに対して総じて冷淡であり、とりわけここ一〇年ほどは、純文学を擁護する発言のほうが多い。しかし、かりに彼自身がまんが・アニメ的リアリズムを軽蔑しきっていたのだとしても、もし彼の批評家としての存在そのものが、まんが・アニメ的リアリズムの誕生と同じ条件に依存しているのだとすれば、どうだろうか。「サブカルチャーには構造しかない」という柄谷の言葉はよく知られているが、彼の評論もまた「構造しかない」ものであり、だからこそ若い読者に支持されたのではないか。
 柄谷をめぐる議論は、『ゲーム的リアリズムの誕生』にはほとんど入れることができなかった。しかし、同書は『日本近代文学の起源』に大きな影響を受けている。柄谷が、自然主義文学の解体を感じながらその起源に遡行していたのだとすれば、それから三〇年を経て、筆者は、キャラクター小説の台頭を前にしてその未来を示す本を書かなければならない、と考えた。『ゲーム的リアリズムの誕生』にはさまざまな批評的文脈が流れこんでいるが、そのひとつはこのようなものである。
 ところで、その『日本近代文学の起源』の講談社文芸文庫版あとがきには、柄谷がその著作を構想していたとき、漱石が『文学論』を構想したのと同じ年齢(三四歳)であることに気がついて「静かな興奮を覚えた」という記述がある。
 実は筆者もまた、本書の構想をまとめていたときに三四歳であり(当初は本書は二〇〇五年夏の出版予定だった)、そこに偶然では済まされないなにかを感じていた。誇大妄想として笑われるかもしれないが、筆者は『ゲーム的リアリズムの誕生』では、同じ年齢の漱石や柄谷が行ったのと同じように、自分にとって文学とはなにかを、文学と非文学の境界を前提にしないところから、あらためて原理的に突き詰めてみようと考えたのである。そして、そのためには、自然主義による文学とはまったく異質の、データベース的でゲーム的なキャラクター小説が乱舞している現在の日本は、漱石にとってのロンドン、柄谷にとってのイェール大学に負けないくらいに、過酷な環境のように思われた。
 その試みがどのような反応をもって受け止められるのか、筆者はいまとても緊張している。
(あずま・ひろき 批評家)