あのタイムトラベルから一ヵ月。
春の風が僕の髪をなぶり、周囲に咲く桜が香った。花びらが降り、ひとつ、ふたつと目の前をひらひらと舞い、御影石を掠める。僕は大伯父の墓前にひとりで立っていた。お小遣いで買った小さな花を供えて、中学三年生に進級したことを報告する。出会ったのもつかの間、勝手に死んで、とんでもない遺産を僕に託した大伯父にいいたいことは山ほどあるけれど、もう届かない。
ナナの退院までは残すところあと一週間になった。入院が長引いたのは、日常生活への復帰を名目とした様々なテストが行われたからだ。なるべく本人に精神の時間旅行の事実を悟られないよう、史実との整合性を取ったり、現在残っている歴史書物の検証を行うのは難しいという。
僕はぐずるナナに呼ばれて、よく学校帰りに見舞いに行った。精神を共有した寡婦アルドゴンドのことは悪い夢として日に日に薄れてきている。心の傷は思ったより深くなく、トラウマも残らずに済んだ。
枇杷の決断のおかげだ。
ナナの精神を救出した枇杷は、博物館に帰還してから二日ほど寝込んだ。自分も他人も、多くのものを巻き込み、傷つけ、血を流し、ときには見殺しにして、やがて犠牲が釣り合わなくなり、それでもやっとの思いで掴み取ったものがナナの生命だった。枇杷の自己犠牲や博物館のみんなの非情すぎる判断は、今なら理解できる。あのときみんな、奇麗事は何ひとついわなかった。
僕は自分の右手を見つめた。博物館のみんなにとって僕の命綱としての資質は、枇杷の姉を助けるラストチャンスだそうだ。もう代わりは探せない。そして僕には、時の旅への同行を拒否する権利がある。
枇杷の姉の精神は、今も時の狭間を彷徨っている。
常に痛みが付きまとう枇杷の姿を思い出した。たぶん彼女は、姉を助けるためならどんな無茶もするだろうし、自分の犠牲を厭わない。重要な局面で、誰かがとめなければならないときがきっとくる。
その役目は、僕だ。
もっと成長したい。博物館のみんなと渡り合える勇気と知識が欲しい。右手をかたく握りしめた僕は、結実した思いを胸に大伯父の墓前をあとにした。
- 『セシューズ・ハイ 議員探偵・漆原翔太郎』 天祢涼
- 『プライベートフィクション』 真梨幸子
- 『カマラとアマラの丘』 初野晴
- 『増加博士の事件簿』 二階堂黎人
- 『戦車のような彼女たち』 上遠野浩平
- 『カンナ 京都の霊前』 高田崇史
- 『魔境の女王陛下 薬師寺涼子の怪奇事件簿』 田中芳樹
- 『猫柳十一弦の後悔 不可能犯罪定数』 北山猛邦
- 『天山の巫女ソニン2 海の孔雀』 菅野雪虫
- 『さよならファントム』 黒田研二
- 『アケローンの邪神 天青国方神伝』 高里椎奈
- 『覇王の死 二階堂蘭子の帰還』 二階堂黎人
- 『空を飛ぶための三つの動機THANATOS』 汀こるもの
- 『QED 伊勢の曙光』 高田崇史
- 『闇の喇叭&真夜中の探偵』 有栖川有栖
- 『バミューダ海域の摩天楼』 柄刀一
- 『虚構推理 鋼人七瀬』 城平京
- 『メルカトルかく語りき』 麻耶雄嵩
- 『生霊の如き重るもの』 三津田信三
- 『古道具屋 皆塵堂』 輪渡颯介
- 『縛り首の塔の館 シャルル・ベルトランの事件簿』 加賀美雅之
- 『シンフォニック・ロスト』 千澤のり子
- 『ハウンド 闇の追跡者』 草下シンヤ
- 『聖地巡礼』 真梨幸子
- 『夜の欧羅巴』 井上雅彦
- 『眠り姫とバンパイア』 我孫子武丸
- 『ひなあられ』 日日日
- 『燔祭の丘 建築探偵桜井京介の事件簿』 篠田真由美
- 『小鳥を愛した 容疑者』 大倉崇裕
- 『琅邪の鬼』 丸山天寿
- 『薔薇を拒む』 近藤史恵
- 『光待つ場所へ』 辻村深月
- 『星々の夜明け フェンネル大陸 真勇伝』 高里椎奈
- 『幻人ダンテ』 三田 誠
- 『キョウカンカク』 天祢 涼
- 『プールの底に眠る』 白河三兎
- 『幻獣坐』 三雲岳斗
- 『妖精島の殺人 上・下』 山口芳宏
- 『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』 辻村深月
- 『奇蹟審問官アーサー 死蝶天国』 柄刀一
- 『残酷号事件 the cruel tale of ZANKOKU-GO』 上遠野浩平
- 『萩原重化学工業連続殺人事件』 浦賀和宏
- 『トワイライト・ミュージアム』 初野晴
- 『完全版 地獄堂霊界通信(1)』 香月日輪
- 『無貌伝〜双児の子ら〜』 望月守宮






















